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パイの中にはパイ以外の全てが詰まっている (三#25)

Written by 333


▶ 世界はパイである

記念すべき最初の逆説は「世界はパイである」というトンデモな主張です。ここでのパイとは甘く焼き上げた練り込み生地……ではなくて、円周率を表すπを意味します。つまり「世界は円周率である」――といってもまだ意味がわかりませんね。この言葉をもう少し具体的に言えば「世界のあらゆる物体や現象は円周率によって記述される」ということです。意味がわかりませんね。順を追って説明していきましょう。

なお、タイトルから既知だと思われる項目については目次から適宜スキップしてもらって構いません。

▶ 円周率とは

まず、円周率とは何かを簡単に。円周率とは字のごとく「円周の率(=割合)」のことなのですが、何に対する割合なのかというと、円の直径に対する割合です。直径がぴったり1 cmの長さの円を描いたとして、円周の長さが何センチになるかを測ってみると3.1415926535…… cmとなり、この値は(現実的にどれだけ正確に測れるかは別として)小数点以下が不規則的に無限に続いていく値を取ります。これが円周率です。

円周率は円の面積を計算する際などに用いられますが、その都度3.1415926535……と紙に書くわけにはいかないので、π(パイ)という文字で置き換えます。数学上ではπとだけ書けば3.1415926535……  と書いたことになります。

さて、このπという数字なのですが、実は数字の並びは完全にランダムです。ランダムな並びがどういうことかを、ランダムでない並びと比較しながら考えてみましょう。

▶ 有理数・無理数とは

まず、1/3を少数点で表してみることにします。

1/3 = 0.3333333333……

これは3が順番に続いていくと予想できるので、規則的な並びだと言えます。次に、整数の5を無理やり小数点で表記してみます。

5 = 5.0000000000……

これも0が順番に続いていくと言えるので、規則的な並びになっています。同じように41/333を考えてみましょう。

41/333 = 0.1231231231……

これは123が何度も続いているので、これもまた規則的な並びだと言えるでしょう。
このように、小数点で表記した際に数字の繰り返しパターンがみられる数字を有理数と言います。つまり、1/3も5も41/333も有理数という数のグループに属します。

一方、どれだけ小数点を並べてみても繰り返しパターンがみられない数字のことを無理数と言います。もちろん、繰り返しパターンは「みられる」か「みられない」のどちらかなので、有理数と無理数を合わせるとすべての数になります(厳密には実数)。

ここでようやく本題に戻りますが、円周率であるπは実は無理数です。つまり、小数点表記をした際に規則性がみられません。

π = 3.1415926535……

▶ 森羅万象を数字で表す

ここで世界にある様々なものを数字のみで表すことを考えてみたいと思います。そんなことが可能でしょうか?
人類にはまだ早いかもしれませんが、原理的には可能です。たとえば、りんごのゲノム配列は解明されているので、いってしまえばりんごは単なる文字情報として表すことができます。そしてその情報は、それがたとえアルファベットの羅列だとしても、上手く対応させてやることで数字の羅列に変換できます。

つまり、仮に

 (りんごのゲノム配列) = OIHSIOC-ANEEHS-ODNA

とでもしてあげて、「A = 01, B = 02, C = 03, ……, Z = 26」という対応関係をルール化してやれば、

 (りんごのゲノム配列) = 15090819091503-011405050819-150414

と表せてしまうわけです。

ゲノムが解析されていないものでも、生物であればゲノムは存在しているので理論上は数字の羅列に変換できるはずです。もし机のような無機物であれば、まず3Dプリンタを使って形や大きさを把握し、プリントする際に用いる「情報」を数字化して並べ立てた上で、あらゆる角度から机の色味について撮影した写真の「情報」を数値化して添えてやり、さらに重さや位置情報や製造年月日を追加すればその数字の羅列は特定の机の情報を完全に表していることになります。

このような調子でやっていけば、万物を数字で記述することができるはずです。もっと言えば、私たちの思考や感情でさえも言ってしまえば脳の電気信号でしかないので、数字として表現することが可能なのです。

▶ アカシック・レコードとは

宇宙開闢の瞬間から今まで、もっといえばこれから先ずっと、世界全ての情報が集約された媒体がもしあるとすれば、それは「世界を記録している」と言うことができます。そのような存在は、昔からアカシック・レコードと名付けられ魔術を信じる人たちの間で探求されてきました。

アカシック・レコードは一般に、宇宙に遍在する魔術的な媒質であるアストラル光によって記述されていると考えられていますが、そんなオカルトチックな存在に頼らずとも、もっと現実的に数字の羅列であっても別に良いわけです。実際にそれがあるのだとして、いくら神秘的な存在であるとはいえ、それが必ずしも人間にとって可読でない形で存在しているとは限りません。

▶ だから、世界はパイである

ここで改めてこの記事の元々の主張を振り返ります。

「世界のあらゆる物体や現象は円周率によって記述される」

円周率は無理数なので、無限に続くランダムな数字の羅列です。また、世界を数字のみで記述した場合は(ほとんど無限とも言えるが)有限である数字の羅列になります。つまり、円周率の文字列の中には、世界の何であれ必ずどこかに記述されているのです。たとえば、りんごのゲノム配列である150908190915011405050819150414の並びは、残念ながら何桁目から始まるのかはわかりませんが、必ず、円周率の中に見出せてしまうのです。あなたの生まれた時刻も、あなたの好きな音楽も、あなたの今この瞬間の驚きの感情でさえも、全ては円周率の中に絶対に数字で記述されているのです。

▶ 円周率の中に円周率は出てこない

ただし、世界の全てを記述しているはずの円周率という情報の内部に、円周率そのものの情報はありません。

たとえば、円周率をπ = 3.1415926535……と小数点で記述していく途中で、もう一度「3.1415926535……」の完璧な並びが出てきたとしましょう。とすれば、そのπという数の並びには実は規則性があることになります。つまり、円周率は無理数ではなく有理数ということになってしまいます。円周率が無理数であるという事実は別の形で証明されていますので、有理数になるはずはなく、従って「もう一度『3.1415926535……』の完璧な並びが出て」くることはありえないと断言できます(いわゆる背理法です)。

それでは「アカシック・レコードであるところの円周率は、πのデータだけは含まないので不完全なアカシック・レコードなのか」と思う人がいるかもしれませんが、そうではありません。

「円周率の内部に、円周率そのものの情報は無い」ですが、よくよく考えてみると「πという情報は、そもそも円周率を表している」のです。
これはつまり、宇宙に存在するありとあらゆるパイの味を混ぜた神秘のパイを食べたとして「りんごパイの味もぶどうパイの味も感じられるが、神秘のパイの味がどこにもないぞ」と思ったあとに、冷静に考えれば「神秘のパイを食べているのだから、これが神秘のパイの味か」と思うようなものです(頭のおかしい比喩)。

以上、パイには夢が詰まっているというお話でした。読了ありがとうございました。

▶ 蛇足な補足

というわけで、円周率は世界の全てを記述していると言えるのですが、だからといって人類が全知全能になることはありません。なぜなら、数字の羅列を元の物体や事象に変換しなおす技術が人類にはまだ無くて、そもそも欲しい情報がどの桁にあるのかも私たちにはわからないからです。

というより、厳密な数学の話をすれば「πは超越数である」と示されていても「任意の数列が部分列として存在する」ことが証明されているわけではないので、もしかしたらπはアカシック・レコードではないのかもしれません。

ちなみに、同様の議論で無理数ならば何でも世界を記述すると主張することが可能なので、ネイピア数でも√2でもなんでも、それは世界そのものだと言えてしまいます(そう言うと途端にあまり美しい話に聞こえなくなるのは、宇宙の丸さと円周率をなんとなくシンクロさせていたからでしょうか?)。