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[月記]23年9月 饂飩

9月に更新するはずだったのに、気が付けばもう10月も半ばになってしまいました。そうです、私は文章を綴ることに疲れてしまったのです。代わりにこれからは饂飩うどんを啜ることにします。ちゅるるるる~☆

           ◇          ◇

うどんと語り合わねばならぬ、と思った。
パスタほど気安くなくて、ラーメンほど八方美人でなくて、蕎麦ほど高貴でない麺と語り合らわねばならぬと思った。彼らだってなかなか素敵な麺子メンツには違いないが、私の胃袋に満たされているこの漠然とした不安を打ち消せるほどの力は持ち合わせてはいないからだ。彼らは50を80にしてくれる食べ物ではあっても、-10を20にするような食べ物ではない。

自分がマイナスのときにでも対話できるのがうどんだ。うどんは自分の中にしっかりと芯を持っていて、信頼感がある。うどんはいつだってしたたかで、いつだって温かである。いや、冷やしうどんの場合はその限りではないのだが。

というわけで、9月1日、近所の丸亀製麺へ赴く。

釜揚げうどん(大) @丸亀製麺

丸亀製麺は外食産業の中でトップレベルのリーズナブルさを誇ることで有名だが、なんと毎月1日には釜揚げうどんが半額になる。これは本当にありがたいことだ。店内BGMよりも大きな声で己の財布が悲鳴を上げているとき、しばしば食べているものの味がよくわからなくなることがあるのだが、丸亀製麺では私の財布は断末魔を上げないので箸が進む。

丸亀製麺のうどんのレベルはかなり高い。コシが強く、食べ応えがある。そう、私はこの絶対的な安心感を欲してここまでやって来たのだ。愛しているよ、うどん。もとい愛してくれ、うどん。

丸亀というはもちろん、香川県丸亀市から来ている。香川県はうどん県と呼ばれるほど讃岐うどんが有名だ。元々は米の生産に向いていない讃岐地方で麦をベースに作られるうどんが主食になったという経緯があるが、うどん作りのレベルは長い年月で研ぎ澄まされ、今では「香川といえばうどん、うどんといえば香川」と考えられるほどになった。

そして私は夜もすがら、うどんのことばかり考えている。

というわけで、9月2日、香川のうどんを食べに行く。

釜たまうどん @岡じま

香川県でうどんを食べるのは初めてではない。しかし、一口啜るだけで衝撃が走った。「何なのだこれは! 私が今までうどんだと思っていたものは、うどんではなかったのだろうか?」と思った。10年ほど前にも全く同じことを思ったはずなのだが、たぶん驚嘆の衝撃によってそのこと自体を忘れてしまっているみたいだ。
ちなみに、今回抱いた感想も10年後には忘れる予定となっている。それは香川のうどんが人々の記憶を破砕するほどあまりにも衝撃的だからであって、私の脳の衰えによるものでは断じてない。

啜ったうどんはとてもぬっちりとしていた。
ぬっちりとは何か? もっちりよりもかっちりで、かっちりよりももっちりという意味だ。要するに、程よい硬さ、心地良い硬さ、口元が綻ぶ硬さ、うどんのイデアが持つ硬さ、うどんのうどんによるうどんのための硬さ、のことだ。
このとき、世界には確かにうどんと私しか存在していなかった。私がうどんを啜り、うどんと私は渾然一体となる。それは、恋に落ちた、と言い換えても良いほどの体験だった。初めてのキスはうどんの味。My first kiss tasted like udon noodles. U don't say so.

香川の箸のうどんストッパー

というわけで、9月3日、香川のご飯屋さんで丸24時間気絶していた私は店員に麺棒で叩かれて目が覚めた。

謝罪しながら店を出るとちょうどお腹が鳴ったので、新たなうどんを求めて練り歩く。

釜バターうどん @手打ち十段うどんバカ一代

道に行列ができていた。最後尾に並んで1時間以上待つ。釜バターうどんという、和製カルボナーラと呼ばれるうどんを注文した。卵とバターをうどんに絡ませるように混ぜ合わせると、出来立てのうどんの温度がバターを溶かして辺りに良い匂いを漂わせた。

一口啜る。まさしくそれは不良のうどんだった。不良というのは不良品という意味ではなく、不良行為という意味だ。ちゃんとコシがあってぬっちりしているのだが、敢えてそのぬっちりさで戦おうとはせず、卵やバターを楽しむような食べ物となっている。
これは、うどんらしくないうどんの新鮮さ、を楽しむ食べ物なのだと思った。うどんさんだってたまには自分のウードンティティに悩まされることがあるんですよ。パスタパイセンやラーメンくんみたいに。らしくないって? 無責任なこと言うのね、あなた。当事者じゃないからその痛みがわからないんでしょう。困ったときはいっつもうどんさんに頼りっきりなのに、うどんさんの心の支えになってあげたことなんて一度も無いでしょう? そういうの、お友達って言わないわ。うどんさんが優しいから続いてるだけ。うどんさんだってね、たまにはバターを顔に塗りたくってちょっと周りに意外がられてみたりもしたいのよ。あなたはそれをわかってあげてね。お友達を名乗るのはそれからよ。
みたいな背景があって生まれた、単純だが複雑な味わいがした。

というわけで、9月4日、自宅にて冷凍のうどんを電子レンジで温めて啜る。

月見うどん @自宅

まだ香川で食べたうどんのことを覚えているからか、そのうどんはどこか頼りなさそうに見えた。はかなげうどん、一杯90円。
食べてみると別にそんなことはなくて、確かにコシは香川県のそれに及ばないながらも、それはそれでちゃんとしたうどんだった。私のよく知る日常に接続されたうどん。普段は別にこれくらいで良いのだと思う。たまに気が滅入ったりなんかして、圧倒的な力強さに触れたくなってしまったとき、私はまた香川県へと足を運ぶだろう。10年後、あるいはもっと早くに。そのとき、何故私が香川へとやって来たのかは、やはり忘れていた方が良いのかもしれない。