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一帯一路構想とAIIBの狙い

1.「一帯一路」構想の背景

2014年11月に中国で開催されたアジア太平洋経済協力首脳会議で、中国が「一帯一路」構想を提唱することになった背景を御存じだろうか?

仕掛け人は「アメリカ」であるという説がある。

この説に従うと、背景は以下の通りである。

2011年7月20日、ヒラリー・クリントン国務長官が、中央アジア安定化のため、インドのチェンナイで「新シルクロード構想(New Silk Road)」を発表した。

このアメリカの新シルクロード構想は、米軍がアフガニスタンから撤退するにあたり(当時、アメリカは2014 年までにアフガニスタンを撤退することを決めていた)、いかにして戦乱で疲弊したアフガニスタンを復興させ安定をもたらすかという問題意識に基づいており、アフガニスタンを旧シルクロードの一部であるトルクメニスタン、アフガニスタ、パキスタン、インド(TAPI)を結ぶネットワークの中に位置づけることで、そのインフラをアジア開発銀行(ADB)の協力などによって整備し、民間資本を誘致して経済発展させ、アフガニスタンを含む地域の安定化を意図するものであった。

しかし、これを「中国封じ込め策」と捉えた中国は、この構想に刺激される形で、逆に「米国封じ」の為の世界戦略を構想したという。乱暴な言い方をすれば、アメリカによる地域安定化策を「中国封じ込め構想」と捉えた上で、構想自体を中国お得意の「パクり」で対抗し始めたとも表現できるかもしれない。より適切に表現するなら「アメリカの真の狙いを(中国の視点で)よく研究した」ということになるだろう。


2.「一帯一路」構想が出来上がるまでの経緯

「一帯一路」構想が姿を表すまでの具体的な動きを時系列で並べると以下に通りなる。

2011年7月のヒラリー・クリントン国務長官によるチェンナイ・スピーチの後、まず温家宝首相が、2012年1月の中東歴訪の途中で「新シルクロード」について言及した。

2012年6月に開催された上海協力機構(SCO)の北京サミットでは、胡錦濤国家主席がSCOの今後10年の目標に関する4つの提案の中で「鉄道、道路、通信、電力網、エネルギーパイプラインの相互接続プロジェクトの完成努力」について触れ、新華網を通じて、一連の努力が「古のシルクロードに新たな意義を付与する」旨の官報を出している。

さらに、温家宝首相は、2012年9月に新疆のウルムチで開催された中国-アジア欧州博覧会の開幕式で「シルクロードの新たな輝きを再び創造する」と題して基調講演を行った。

その後、胡錦濤氏の後継者として中国の最高権力者の座に就いた習近平氏(2012年11月15日に中国共産党総書記、2013年3月14日に国家主席に就任)は、この流れを汲みつつ、2013年9月にカザフスタンのナザルバエフ大学で講演し、中国と中央アジア、ロシア、欧州を結ぶ「陸のシルクロード(新シルクロード経済ベルト、The Silk Road Economic Belt)」構想を提起した。

また、 習近平国家主席は、2013年10月、インドネシア国会にて中国とインド洋と太平洋諸国を含む「海のシルクロード(21世紀海上シルクロード経済、21st Century Maritime Silk Road)」構想を表明し、陸と海と2つの新シルクロードが中国によって提唱されることとなった。

具体的なルートや内容は、所説あり一定しないが、日本の防衛省防衛研究所が編纂する『東アジア戦略概観 2015』では、以下のようになっている。

これは、新華社が対外的に示しているものとほぼ一致する。

(出所)Xinhua Insight: West China seeks fortune on modern Silk Road


なお「海のシルクロード」構想については、中国の「真珠の首飾り」と呼ばれる海洋進出の動きがベースにあると言われている。

中国の経済発展に伴う影響力の増大と地域的な権益拡大を背景に、「真珠の首飾り」と呼ばれる中国自身の地政学的な狙いを持った動きが、「一帯一路」構想にまで発展してきたと見るのが自然だろう。

しかし、どんな構想も資金的な裏付けが無くては、単なる絵に過ぎない。そこで、AIIB創立にまで連なっていく一連の動きに着目してみることにしたい。


3.AIIB(アジアインフラ投資銀行)構想の背景

発端となる、「一帯一路」構想の資金的な裏付けに関する具体的な提言は2つ確認されている。

1つは、世銀チーフエコノミスト、林毅夫(Justin Lin)氏による発展途上国向けインフラ投資ファンドの野心的な提言で、2009年2月に提案され、先進国がGDPの1%を拠出してファンドを形成しようというもの。

もう1つは、「中国版マーシャル・プラン」と呼ばれるもので、2009年7月に全国政治協商会議の場で、国家税務総局副局長・許善達の提案したもの。5000億ドルで発展途上国のインフラ建設に融資するための基金構想が提案された。

どちらの基金・ファンド構想も最終的には2015年6月のAIIBの設立協定(50か国の代表が署名)に繋がっているが、AIIB設立の動きを決定づけたのは、2013から2014年にかけて、アメリカ主導で推進されたTPP(環太平洋連携協定)である。

TPPの真の狙いは、中国外しの自由貿易圏の建設で、西・中央アジアから中国を封じ込めようとする「新シルクロード構想」に対して、東・東南アジアから中国を封じ込める為の経済圏構想とされた。

先に触れた2012年7月のSCO北京サミットでも、新シルクロードの開発事業に中国が100億ドルの資金を供与する旨の宣言をしているが、宣言以降、着々と準備を進め、2014年12月にはインフラ整備を目的に400億ドルを拠出して「シルクロード基金」を設けた上で、2015年3月、中国の国家発展改革委員会・外交部・商務部が「新シルクロード経済ベルトと21世紀海上シルクロードの共同建設を推進する展望と行動」を合同発表している。

また、見落としてはならないのは、この時期のIMF改革に対するアメリカの反対である。2010年のIMF理事会で中国の出資比率引上げを含むの改革案を承認されていたが、アメリカ議会の反対で、実行が引き伸ばされていたという背景がある。結局、同IMF改革が実施されたのは2015年12月で、タイミング的にみても、対抗軸として構想したAIIBの成立まで待たされた格好になっている。

(出所)IMF のホームページ(末廣昭ご講演資料から)

このように一連の流れを見てみると、中国側の視点からすれば、アメリカは中国の活動を封じ込めようとしており、その限界を超えるには、自らの意志で決定可能な別の仕組みが必要だと考えるのも自然なことと言えるだろう。


4.中国全体の視点から、中国内の地域の視点へ

これまで中国の「一帯一路」構想とAIIB設立に繋がる一連の流れを説明してきたが、中国南部と近接する「陸のASEAN諸国」に視点を移すと、ユーラシア大陸全体を俯瞰した大きな構想よりも、むしろ、中国内部を含めた地域の諸事情を勘案した視点が必要になってくる。

次回は、南進する中国の内部について、いくつかの諸事情にスポットライトを当ててみたい。


(5)「陸のASEANに向け南進する中国」へ