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ASEANからみた日中プレゼンスの差異と変化

日中関係が「政冷経熱」と盛んに言われていたころ、日中政府間に政治問題はあっても、経済については日中はWINーWINの関係であり、補完関係にあるとされていた。一面では正しいのだが、特にASEANとの関係を巡り、私には日中で、その意味に対する認識及び見解が食い違っていたとように思う。

どういうことか?

正しい一面とは、高品質な製品を求める目の肥えた消費者市場を持つ日本が新しい製品ニーズと技術を生み出し、中国が豊富な人的資源を活用して安価に製造するという関係にあり、その意味で、日本と中国は補完関係にあると説明されてきた点である。しかし、中国が巨大な市場として立ち上がり始めると、外資との合弁企業経由、技術やノウハウを取得して力を付けた中国企業は直接的なライバルになってしまう。この視点では、WIN-WIN関係の持続は当初から「時間の問題」だったということなる。

1.日中WIN-WIN関係の実状

ここで視点を変えて、WIN-WINを二国間関係ではなく、少し範囲を広げてアジア戦略といった観点からみると様相が変わる。

日本からすれば、日本と中国・ASEAN諸国の直接的な貿易に限らず、日本企業が中国・ASEAN諸国を含めた日本国外での事業活動を活発化させ、利益を上げていくことが重要であり、それは円高によって競争力を失った国内から海外への事業拠点の移転の流れの中で加速され、対外投資を通じた日本企業のグローバルでの事業活動総体としてのWINが重要であった。これは、日本国内の産業空洞化とのトレードオフとしてのWIN(成功)と言い換えてもよいかもしれない。

一方、中国からみると、自国の豊富で安価な人的リソースや土地(沿岸部の経済特区)を武器にした外資の導入であり、日本を含め先進国からの技術移転であり、中国発着の貿易量と外貨準備高の増加、中国国内消費市場の規模拡大が、WIN(勝利)であった。これは、中国単独でのGDPの成長を中心とした自国のプレゼンスの拡大としてのWIN(勝利)と言えるだろう。

ここで、日中間でのWIN-WINの意味合いの相違をはっきりさせる為にも、中国とASEANとの貿易を例に、具体的な貿易内容の変化を見てみよう。

以下は、ASEAN5(フィリピン、タイ、マレーシア、シンガポール、インドネシアの5カ国)から中国に向けた輸出品目の上位10品目を1995年、2008年、2012年で比較したものである。(金額の単位は100万ドル)

(出所)Global Trade Atlas のデータベースに基づく。商品はHSコード4桁分類による。(末廣教授ご講演資料から)

ピンク色がASEANから中国に向かう資源や農産物加工品で、水色がIT関連の部品と製品であるが、この区分で言いたいことは、中国の貿易内容は大きく2種類に分けられるということである。即ち、中国自身がASEANとの間でやりとりする資源や製品の輸出入(垂直貿易)と、中国とASEANの両方に進出した多国籍外資企業の拠点間での物の動き(水平貿易)である。

なぜ、中国・ASEAN間の貿易が急増したのかと言えば、中国自身の経済成長だけでなく、多国籍企業の積極的な進出によって中国とASEANを介したサプライチェーンが組まれた結果と見るべきだろう。これは、中国における人件費の高騰に伴う進出先としての魅力の減少や将来不安、中国一辺倒とすることに対するリスク分散(含む政治リスクやBCP対応)、規模的にみた場合の代替先確保の難しさや政府の許認可問題から来る中国からの完全撤退の非現実性等が背景にあり、その結果として「チャイナ・プラス・ワン」の動きになっていると理解すべきだろう。

また、内容を見ずに貿易の全体額をぼんやりと見ても本来意味はない。圧倒的規模と拡大スピードの速さから恐怖感を感じるのも事実だが、実際の中国の経済規模は、合計数値の大きさから受ける印象に比べるとそこまで大きくはない可能性が高い。


2.中国の国外進出(走出去)

日中比較において、もう1つ着目すべき点がある。それは、貿易を通じて蓄積した外資準備高の傾向である。日本の外貨準備高は1兆2,500億ドル前後で安定的に推移しているが、中国の外貨準備高は2014年以降、急速な減少傾向にある。

(図表)中国と日本の外貨準備高の推移、2001-2016年5月(単位:億ドル)

 (出所)日本は財務省「国際政策」のホームページ、中国は日本総研『アジア・マンスリー』2015年9月号、2016年7月号(末廣教授ご講演資料より)

これは、貿易黒字で獲得した外貨を、企業活動を通じて積極的に対外直接投資に回している結果を反映していると考えられる。外貨準備高の多寡だけではなく、対外資産全体の構成を日中比較すると、その理由が分かる。

図表は、2015年末時点での、日本と中国の対外資産(単位:兆円)の内訳を比較したものだが、明らかに中国が外貨準備の構成比率が高い。

(出所)日本は財務省「本邦対外資産負債残高」、中国は、国家外国為替管理局「国際投資ポジション」(国家外汇管理局 中国国际投资头寸表
(図表は、末廣教授ご講演資料を参考に、最新統計資料より2015年末ポジションで再集計。2015年末為替レート120.32円/米ドルにて計算)

貿易実務における決済資金として外貨不足の心配もなく、米国債等による外貨運用よりも利回りの高い直接投資の機会があるのであれば、市場原理に基づく限りにおいて、中国が国外に進出しない理由はないだろう。

(なお、外貨準備高と対外投資額の関係について、ここで更に詳しく分析・説明すると本連載のテーマである「中国のASEAN戦略」からかけ離れていく為、別の機会とさせて頂きたい)


3.陸のASEANからみた日中プレゼンスの変化

ここでようやくではあるが、本連載のテーマである、陸のASEAN(CLMVT:カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム、タイ)への中国の直接投資の傾向について説明したい。

豊富な外貨準備高を背景に、中国は対外直接投資を加速させることが可能となったが、全体傾向をみるのではなく、投資される側の視点で、日本と中国の直接投資額を比較することにより、同地域における日中両国のプレゼンスの変化を見ることが可能になる。

以下は、日中からCLMVTへの2003年以前における直接投資の累計額である。(但し、中国の数値は中国と香港の合計値、単位は100万ドル)

(出所)日本アセアンセンターの投資統計集、JETRO Data Base、各国統計。(タイバーツの換算レートは、集計対象期間中の平均レートして1米ドル38.92バーツを用いた)

この時期、タイにおいては、日本が突出して高く、カンボジアは中国の積極性が目立つ。

一方、2004年以降になると中国の動きが活発化し、特に、カンボジアとミャンマーでの存在感が大きいことが分かる。タイも大きく伸びているが、金額・比率ともに大きくはない。

(出所)日本アセアンセンターの投資統計集、JETRO Data Base、各国統計。(タイバーツの換算レートは、集計対象期間中の平均レートして1米ドル34.62バーツを用いた)

日本からタイへの直接投資は安定して4割強を占め、中国とは圧倒的な差がある。一方で、ベトナムでは日本が中国を逆転し、カンボジア、ラオス、ミャンマーでは逆に中国に圧倒的な差をつけられている。

この変化をCLMVTの5カ国を合算してグラフ化すると以下の通りとなる。

国によって集計期間が異なり厳密さには欠けるが、全体的な傾向は掴むことは出来る。

CLMVTからみた日中のプレゼンスの変化を定量的に纏めると以下となる。

2003年時点で日本の1/4に過ぎなかった中国からの累積投資金額が、2004年~2014年(11年間)の期間集計金額では、中国が日本の3/4強にまで迫っており、2003年以前の累計額からみた金額ベースの伸びは日本の2.8倍に対して、中国は8.5倍と大きい。中国の躍進ぶりが顕著と言えるだろう。

但し、CLVMTをまとめずに国単位で見ると、金額規模も日中の割合もバラツキが大きいことが分かる。(青が日本で、赤が中国+香港)

この規模・内訳ともに大きなバラツキがあるという意味での「多様性」がASEAN世界内部の実状であり、国によって中国に対する姿勢に大きな温度差がある理由を如実に表していると言えるだろう。

以上、中国のプレゼンスに関する「陸のASEAN(CLMVT)」内部の多様性と、日中の経済関係の認識の仕方、CLMVT各国からみた日中のプレゼンスと変化をご紹介した。

次回以降は、強大化した中国がASEAN地域にどのような影響をもたらすことになるのか、中国が提唱する「一帯一路」構想と、中国が設立したAIIB(アジアインフラ投資銀行)の狙いについて、経緯を含めた少し大きな視点から考察したい。


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