▷▷すべりだい/椎名林檎


「おかえり」の、たったそのひとことでこんなにも胸が震えるなんて思ってもいなかった
唇を噛み締めることがあなたと出会ってから増えた
声を出して泣かないように
声に出して 好き と伝えないように

たわいのない会話が続くと、まるでなにもなかったみたいに感じる
この男の前で服を脱いだことや この男がわたしの背中にある痣を知っていること
深く彼を知らないまま始まったから 今になって彼の笑った顔をよく見るようになった
目を細めて うしし って笑う いたずらっ子のような笑い方
多くを話すより先に 唇を重ねたから 今になって彼の話をよく聞くようになった
意外とリアクションは大きくとること わりとなんでも笑って聞いていること 独り言が多いこと 言葉の最後の口調は柔らかいこと

わたしは彼の達する時の顔や声も知っているけど そんな些細な日常のことなんてまるで知らなかった
なのに彼のことを知っている気になっていた 深夜の暗い部屋での彼しか知らない癖に


服を脱ぐ勇気はあったけど、ふられる勇気はなかった
体を求められながら ほんとうに欲しがって欲しいのは心の方だった

タイムリミットがこんなにも近づいているのに わたしはまだ素直になる勇気がもてない きっとずっと手に入れられない
ならば忘れてしまうしか ないのだろうか

このところ 悔んでばかり居る
口には決して出せないけど
今のあたしだったらあなたと
退らずに済むような気がする
許させるなら本当はせめて
すぐにでも泣き喚きたいけど
こだわっていると思われないように
右眼で滑り台を見送って
記憶が薄れるのを 待っている


あなたのこと 終わりまでずっと見てるから
最後にはちゃんとわたしから消えてね
それでも 今ならわたしたち 少し変われる気がするし あの時だって 本当は変われた気がするの してしまうの 期待しているの

わたしたち 本当にこのまま終わってしまうのかな

#恋愛 #男と女 #椎名林檎 #すべりだい


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