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ベルト:過労

私は、仙台のとある運送会社を経営している。

立ち上げたばかりの会社で、

スタッフは私を含め8人しかいない。

そんな弱小会社に、

青木という21歳の青年が面接に来た。

彼は高校を卒業してから、

数年間空白の時間があった。

そのことについて尋ねると、

「起業をするために上京したのですが、なかなか上手くいかず、アルバイトの給料で生活していました。」

無鉄砲で後先考えない若輩者…

とはいえ、

真面目な性格なのだろう。

もっとありがちな理由を言えば、

印象よくやり過ごせるだろうに…

ただ、この「真面目さ」に惹かれ、

私は青木を採用することにした。


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青木は入社初日から、

誰よりも早く出勤し、

誰よりも遅くまで業務をこなした。

人当たりもよく、

他のスタッフにも溶け込んでいる。

2ヶ月もするとすっかり仕事を覚え、

会社の立派な戦力となった。

しかし、

あまりの働きぶりに、

私は少し不安になった。

【コンビニ店員、過労のため自殺】

という新聞記事を目にしたからだ。

私はどちらかというと注意深い性格で、

ネガティブなニュースに敏感なところがある。

また、それにより回避してきたリスクも多い。

そんなこともあり、青木を食事に誘うことにした。


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いつもより早く会社を締め、

会社の近くにある行きつけの居酒屋に、

青木と2人で足を踏み入れた。

店内は狭くこじんまりとしているが、

整理整頓が行き届いており清潔感がある。

古びた木目調の壁と、琥珀色の照明が

昭和の世界へと誘う。

「仕事はどうだ?」

我ながら解像度の低い質問である。

青木は多少緊張していたが、澄んだ瞳をこちらに向けて、屈託のない笑みを浮かべた。

「楽しいです!忙しいのはその通りですが、やることがあるのは幸せなことです。」

本心……であると信じたい。

「いつもありがとう。青木はいつも会社のために働いてくれて助かっている。だが、あまり無理はするなよ?」

「ありがとうございます。体の丈夫さだけが取り柄なので、心配しないでください。」

そう言って生レモンサワーを勢いよく飲み干した。

その気丈さが、かえって私を不安にさせた。

本心であって欲しい…


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翌日、青木はいつものように

誰よりも早く出勤した。

「社長!おはようございます!昨日はごちそうさまでした。よろしければ、また誘ってください!」

なんていい子なんだ。

うちの不良息子にも見習ってほしい。

向上心があり、積極的に仕事に励む青木に

私はすっかり頼り切っていった。

他の社員からも信頼され、

青木の業務量は、日に日に増えた。

それに伴って、ミスも増えてきていたが、

「仕事にミスはつきものだ。また頑張ってくれ。」

と言って励まし続けた。

そんなある日、事件が起こった。


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「社長、青木が…自殺しました。」

ある社員が、青ざめた顔で放った言葉は、

私の時間を止めた。

体は金縛りにあったかのように自由が効かない。

ただ思考だけは一人歩きしていた。

青木はきっと、会社の期待を背負い

その重荷に耐えきれなくなったのだ。

なんでも引き受けてくれるのをいいことに、

今にも倒れそうな青木に対して、

私は、追い打ちをかけ続けていたんだ。

青木を自殺に追いやったのは私に違いない。

「感謝」や「信頼」は、使い方を間違えれば、

相手を雁字搦めにする。

そんな考えが脳内を逡巡した。

ふと我に返り、急いで青木の元へ向かう。

現場にいた社員に、消防と警察に連絡するよう指示し、

私は息をせず冷たくなっている青木の胸に両手を重ね、

必死で胸骨圧迫を試みる。

しかし、青木の体は冷たく、

魂の抜けた肉の塊のように感じた。

あの元気な好青年は、

もはや見る影もない。

「救急車はまだか!」

自分への苛立ちを抑えきれず言葉を放ったが、

119番通報してから2分しか経過していない。


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