「都市型男尊女卑」とアカデミアにおけるミソジニー

日本人男性の女性差別の中でもタチが悪いのが都市型男尊女卑。いわゆるお受験エリートで、中学受験の成功体験が人生の支えになっている人々によるものだ。生息域は主に東大理系およびそれに準ずる男性集団。父親は同様の属性、母親は専業主婦で、彼らにとっては女子大は彼女候補のプールだと思っている。周りも同質なので認知の歪みに気付かない。

この手の連中は、漏れなく選民思想に汚染されている。勿論ジェンダー観だけが無事なわけがない。「男=選民」という潜在意識から、女が非選民に見える。有能な女性がいると「非選民が頑張っている」ように見える。「非選民ごときが」とこき下ろしたくなる。男子校を信奉男子学生も同根だ。仲間と見做し得るのは「男子校」と呼ばれている1つか2つの女子校だけだろう。優秀な女子を、女子のまま理解することはできない。「あれは中身が男子」という思考を経由しないとリスペクトできないのである。

女が劣等種に見えてしまわざるを得ない“エリート”男、それを煮詰めたのが日本の研究者集団だ。日本の研究者の世界で、女性ばかりが、男性の5倍くらい高いハードルに、しかも異常な頻度で直面するのは、「男性が多いから」ではなく、「女を劣等種と思うのが前提の男性が多いから」である。圧倒的マジョリティである男性研究者らの総意は「女性排除は秩序形成」だと思っている。日本のアカデミアでの女性蔑視は、起こるべくして起きている。

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