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質問力をどこに置いてきたのか|仕事のつぶやき#009

毎日、クライアント様のネットショップ改善作業を行っていると気づくことがあります。

それは質問力の大切さ。
わからないことは聞けばいい。
聞けるんですからね。

ところが質問が出てこないのです。

当事者意識がないと質問も出ないのではないか?
当事者意識をつけるにはどうしたら?
そんなお話です。

質問力の差が出る瞬間

経営者は必死になっていれば、質問は自ずと湧いてきます。
まさに当事者ですからね。

これがスタッフになるとガクッと質問力が落ちます。
スタッフは日々の仕事をこなせばいいですからね。
最悪、会社が潰れても他の会社にいけばいい。

経営者と親密な関係を築いているスタッフさんですら、「コンサルへの質問は、経営者のやることだろう」と質問をしないわけです。

明らかに自分の作業に関わることで、経営者側が弊社のようなコンサル側に「質問をしてよ」と指示をしても質問をしません。

これは質問力がないと表現してしまっていいと思います。

質問力がないのは何故?

日々の作業に疑問を持つ瞬間は、どれくらいありますか?

誰しも「めんどくさい」ことを「めんどくさいままやる」ことを良しとする傾向があります。
例として、現状で作業は回っているんだから、わざわざ新しいことをする必要がないという考え方です。

現状維持=質問は出ません。

ややめんどくさいの連続性問題

私もややめんどくさいくらいの作業なら手作業でやってしまうことがあります。
このややめんどくさいの放置が連なるから、「めんどくさい」にレベルアップしてしまうんですけどね。

だいたい外注のスタッフという立場で考えてみれば、今の仕事が早く終わったら別の仕事を対応しなければならないですから。
ややめんどくさいを断ち切らない理由もわかります。
むしろ効率を考えると自然です。

めんどくさいを断ち切るには?

ややめんどくさいの連続性を断ち切るには、やはり俯瞰で見られる人という立場が必要です。

ただの作業者としてではなく、管理者としての立場になってもらったりするとまた違うのですが、各人が「自分の居場所を守る」という感覚が必要です。

自分の居場所を守る感覚

先日、所要(郵便)で出かけた際に、久しぶりの外食をしました。

小鉢に茶色がかった髪の毛が入っていました。
「このご時世なので気をつけたほうがいい、SNSで晒されたら大変だよ」という旨を店員さんに伝えました。

このSNSで晒されたら大変というのは、小鉢の髪の毛の写真のことではありません。
厨房をぱっと見た時に、茶色い前髪を頭の三角巾から出している女性店員が目に入りました。
前髪を作るという状態ですかね。

この店員さんの写真と小鉢の髪の毛の写真があったら、普段からの管理不行き届きという話になって大変だよという意味です。

「男性陣は全員三角巾(帽子的な)に前髪を入れているのに、なんであの人だけは例外なの?」という話をしました。
そこで「お店を潰してしまう気なの?」という質問をして出てきたのですが、ここで伝えたかったのは「今の場所を守るのは今そこにいる人達全員で意識するべき」だということです。

日々の業務で「あの人、前髪作るねぇ」と思っていても、人間関係が気になったりして注意できないのかもしれません。

そのせいで自分の居場所がなくなってしまったとしてもです。

私は必要とあらば「なんであんた前髪出してんス?」と聞いてしまうタイプなのですが、この対応のほうが問題視されることもあるはずです。

問題があってからそれに対処するのが多くの人の自然な動きです。
未然に問題を防ぐという行為はしにくいのもわかります。
でも、それでは自分の居場所がまるまるなくなってしまうかもしれないのです。

質問力を上げるために

私は自分のやっていることが絶対的に正しい保証がないと思っているので、常に疑問を持っています。
そのため様々な書籍を読んだりして、自分に質問を続けています。
「おまえ、マジ正しいんだよね?」という自問です。

業務改善の仕事をやっていても、日々の業務で「もっと楽にやれるんじゃないの?」と作業者が思わないと、依頼そのものが発生しませんからね。

自分への疑問は、他者への質問になりえます。
自問ができれば、自然と質問力は上がるという経験を毎日しています。

愛着と質問力の関係

質問力が上がらないのは、居場所に対する愛着がないからかもしれませんよね。

今の職場がいつまであるのか?という疑問を持てば、職場に成長してもらうしかないですからね。

今をもっとよくしようというのは、思っていても行動には起こせない人が大半です。

私は仕事柄もあり動いているほうだと思いますが、なかなか決め手に欠くなという部分で日々苦しんでいます。

それでも形だけでもやっているフリをできているのは、今やっていることに愛着があるからです。

質問力=自問+愛着

仕事にやりがいを持ってもらえれば、自問は自然と出るのかなと思います。

やりがいは愛着につながるところがあるとも思います。

質問力は、自分の居場所を作ってくれるものだと思うのですが、読者の方はどう思われましたでしょうか?

いつもお読みいただき、ありがとうございます。 書くだけでなく読みたいので、コメント欄で記事名入れてもらうと見に行きます。