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ナイトバードに連理を Day 5 - A - 2

【前 Day 5 - A - 1】

(1596字)

「ああ、でも、運が良ければ、もしくは悪ければ、またすぐに食べられるかもしれないね」
「どういうことだ?」
「うん。大獣の本当に恐ろしいところは……」
「門石を使うんだろ。それは知ってる」

 早矢が話を遮ると、頼は傷ついたように眉を傾けた。早矢からすれば初めて見る表情だったが、頼はその指摘を待たずに元の優越感ある笑顔を作り直した。

「その通り。彼らは門石を摂取して、その力を自由に行使する」
「石を、食べるのか? それは……」

 早矢は離れた机上にある門石に目をやり――茶賣に渡されたそれを、衣服を用意してくれる頼に隠す意味はなかった――茶賣の行動を思い起こした。門石を食べられるとすれば……。その可能性として真っ先に考えられる物体、水門石に関しては、早矢は頼に伝えていなかった。茶賣は情報を握っている人間が増えることを喜ばない。そんな気がしてならなかった。

「いや、直接食べるわけじゃないんだ。大獣は何も食べない。彼らは門石の匂いを嗅ぐ。空気中に漏れ出るほんの僅かな成分を体内に蓄えるだけで生き延びられる。それだけで門石の力を引き出して、姿を消して、突然現れる。それが大獣だ」
「……姿を消す?」
「言葉の通りさ。大獣に移動という概念はない。少なくとも人から見る限りでは、その場にいるか、いないかだけ。地震みたいなものだね。でも、モッカに大獣が出現することはまずなかった。大獣除けを、あらゆる場所に設置していたから」

 頼はそう言って背後の天幕をわずかに開いた。隙間から見えたのは、すぐ近くにある石柱だった。高さは四階建てのビルほど、外周は5、6メートル程度、建物からエレベーターだけを引き抜いたようなスケール。その根元には深い濠が築かれている。早矢がそこまで認識していたのは、ついさっきその傍まで行っていたからだった。

「あれが? トイレだろ?」

 数分前、頼は石柱の周囲に築かれた小屋の一つをそのような場所として早矢に案内していた。水洗トイレ生活に慣れ切った早矢は、昨日まで過ごしたカナンと同じ、設えられた穴に落とすだけという形式に抵抗を覚えたが、催したものはどうしようもなかった。幸い、石柱の傍は不思議なほど清潔で、臭いもしなかった。

「そうだよ。そして門石は水に反応する。あれは、排出物の水分を吸収して大獣を除ける石術、大獣は嫌がるけど人には感知できない音波を起こすコーデックなのさ。ここが人の縄張りだと大獣に知らせるためのね」
「じゃあ、あちこちにあるのか」
「あらゆる町と街道に。もちろんモッカ以外の国にもあるよ。けど水と反応しなければ、水を掛ける人がいなければ、大獣除けは効果を発揮しない」
「つまり今は……」
「うん、現れる。人のいない辺りを行けばね。それで、あとはあのアマフリに仕留めてもらえばいい」
「アレか。確かにやれそうではあるな」
「というか、元々はそういう目的で雇われる連中だからね」

 青空を背に跳躍するアマフリのフラッシュバックに早矢は微かな眩暈を覚えた。頼は勢いをつけて立ち上がった。

「さて、君の用意が済んだら連れてくるように言われているんだ。そのアマフリに」
「アレに?」
「アレに」

 早矢は座ったまま呆気にとられた。

「喋るのか。いや、茶賣は? 出発するんじゃないのか」
「自分で確かめなよ。茶賣は意外と動き出しが遅いから、まだ大丈夫さ」

 茶賣には伝わっていない。頼の言い分が暗に示すものを察し、早矢は頷いて身体を伸ばした。

 清心は門石とコーデックの遺物の在り処を調べ上げ、早矢に教えたが、水門石の情報に思い当たる節はないと言った。もう一度、家に帰って探してみるとも。今の早矢からすれば、茶賣に会う機会は少なければ少ないほどよかった。

「分かった。行く」
「では夜目様。本日はそちらのお召し物を」
「うん?」

立ち上がりかけた早矢は、頼の指さした先を見て言葉を失った。そこに畳み置かれた真っ赤な布を、早矢はただの飾りだと思っていた。 【Day 5 - A - 3に続く】



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