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ナイトバードに連理を Day 4 - A - 8

【前 Day 4 - A - 7】

(1732字)

「いやいやいや……」

 荒れ果てた景観、不合理な戦車、意味不明な動力。早矢はこれまで胎金界で見てきたものを、あくまでも現実の延長線上に在る物として処理してきた。現実でも現れうる景色として、あるいは現実に存在する事象の代替物として。だが眼前のそれは違った。その存在は早矢の持つ常識から外れていた。

 照明のせいか青白く見えるエナメル質の装甲、人型のようであるが明らかに太い脚部と小さい頭部、柔らかい曲線の輪郭、立ち上がれば3mはあろう巨体。その大きな彫像は、この突拍子のない戦車の中にあっても異常な、包丁の陳列に紛れ込んだチェーンソーのように場違いな存在だった。

「これが、アマフリ……。実物を見るのは初めてです」
「モッカでは当然だろう。他国でもそう頻繁に見かけるものではないが。かく言う私も現物は二台目だ」

 頼と甘すら驚いていることに励まされ、早矢は率直に口を開いた。

「あー、いや、これは……何ですか? 生き物?」
「違うけど、天狗族が入っている……はずですよね?」

 天狗族。頼の言葉は曖昧だったが、その呼び名には聴き覚えがあった。

「犬吠くんのような狢族の他にも、胎金界を生きる人にはいくつか種類があります。猩々、天狗、土蜘蛛、蜈蚣……。基本的には同じ種族でまとまって国やコミュニティを形成していますから、モッカ近辺で実際に会うのは犬吠くんと同じ狢族と、茶賣という方のような現実の人によく似た猩々族が多いはずです」
「……妖怪の名前だよな」
「なぜそう呼ばれるのかは分かりませんが、確かにそう聞こえます」

 狢、猩々とはまた別の種族。早矢は赤い顔と長い鼻の寝顔を想像した。

「はず、ではあるね」

 甘ですら確信を持てない様子で言った。三人全員が揃って困惑し、沈黙した。誰も動かず、ただ眼前の異物を魅入られたように凝視し、そしてボートが不意に揺れると三人同時に目を逸らした。頼が咳払いをして早矢に振り向いた。

「これは、アマフリ。端的に言えば強靭な鎧で、これこそコーデックとは比べるまでもなく珍しいものだ」
「鎧。天狗族ってのは巨人なのか?」
「かもしれない」

 冗談のつもりで言った早矢は、真顔で頷く頼を見て閉口した。

「アマフリの中には天狗がいる。けど天狗を見た狢はいないし、それ自体が噂でしかない。天狗族がどこで生きているのかは誰も知らない。ほぼ確かなのはこれにも門石が使われていること、絶対確実なのは、これがモッカで造られたものではないことだよ」

 頼の声には誇りのような響きがあった。早矢は確かにそう感じたが、その線を追求する思考の余裕はなかった。

「……じゃあ、動くのか、これも」

 早矢は唾を飲んで言った。頼はひどくぎこちない笑みを作った。

「でなきゃ茶賣は雇わないさ。おまもりなら君だけで十分だよ」
「アマフリは嫌いかね?」

 唯一、穏やかな顔を維持した甘が頼に訊ねた。頼は自分は冷静だと主張するように両手を広げた。

「嫌いですね。美しくないと思います。モッカ戦車の重厚な機能美に比べれば、こんなもの悪趣味な道楽です。強そうに見えることは認めますが」
「どこもかしこもが、モッカのようにコーデックで治安を保てるわけではないんだ。天狗の力に縋らざるを得ない時もある」
「ただの僻みだってことは分かっています。けど好きになれと言われても困ります。モッカの石工が扱いきれずに国を滅ぼした門石で、天狗はこんな玩具まで造ったんですから」
「なあ、やめたほうがいいんじゃないか? 中に誰かいるなら……」

 早矢は耐え切れずに口を挟んだ。早矢の理解する限り、頼の言い分はアマフリの眼前で口に出すべきものではなかった。これでは挑発しているようなものだ。この巨人が今にも動くのかと思うと、早矢は怯えずにはいられなかった。

 そのとき不意に、早矢が恐怖を自覚する瞬間を待ち構えていたように、アマフリが目のない顔を上げた。

「うおっ!」
「わっ、ごめんなさい!」

 そう叫び、文字通り飛び上がった早矢と頼にまるで構わず、アマフリはまた動かなくなった。やはり驚きながらも甘だけはその僅かに傾いた顔の向く先、ボートの前方右側に同じように目をやり、そしてすぐ横の壁に張り付いた。

「茶賣、アマフリが動いた。右舷前方を見ている」

 そう言った甘は壁沿いの伝声管を掴んでいた。 【Day 4 - A - 9に続く】



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