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ナイトバードに連理を Day 8 - A - 4

【前 Day 8 - A - 3】

(1695字)

 二隻のコーデックボートは座り込んだ早矢と倒れた茶賣を囲んで停止した。狢の子どもたちが駆る一隻はその砲口を立ち尽くす傭兵たちに向け、もう一隻は砲塔から、銃身の長いコーデックライフルを片腕で担ぐ冶具を吐き出した。その銃は清心の情報により一昨日回収され、昨日、立てこもった狢が茶賣に突き付けたものだった。

「ご無事ですか、早矢様」
「どうにか。助かりました、冶具さん」

 早矢は三角座りのまま茶賣を指し示した。うつ伏せで転がる茶賣は目を閉じているが息はあり、そしてその右腕は手首から先を失ったまますでに塞がっていた。

「手が再生しないってことは、水門石の力が尽きたはずです。俺はこれ以上やるつもりはありませんが、もし冶具さんが……」

 早矢が訊ねると、冶具はライフルを一瞥してから首を振った。

「計画は近衛様から聞きました。仰せに従います。これ以上、モッカを血で穢すべきとも思えません」

 早矢は頷いて顔を上げた。砲塔の上から今度は近衛が這い出そうとしていた。血を失ってはいないはずのその顔は、茶賣と早矢に劣らず蒼白だった。

「よう、上手く合流できたみたいだな」

 早矢は近衛にそう言いつつ、もう一隻のボートから身を乗り出した狢の少女に手を振って見せた。一昨日より血色のいい顔をさらに赤くしつつ、深々と頭を下げるその小柄な姿に早矢は誰かを幻視し、それが幻視に過ぎないことを自分の頭に言い聞かせた。近衛はこわばった顔で笑おうとして失敗し、頬を引き攣らせた。

「清心の言うとおり、すぐそばを付いて来てたから。目立つマントのおかげでこの子たちの方から近寄ってくれたし、説得も必要なかったし」

 近衛は体を捩じり、緋色のマントをふわりと広げて見せた。大きな金色の瞳が映えるその姿に、自分が着るよりよほど似合うと早矢は純粋な満足感を覚えた。

「ボートの運転はどうだった? ぶつかるものもないし、楽勝だろ」
「なわけないでしょ。足がくがく、手汗がヤバい。私これ、布団びしょびしょかも」
「うらやましい。俺は喉カラカラだ」

 近衛は屋根に座りつつ早矢に水筒を投げた。早矢は礼を言うより早く水を口に流し込み、むせ、それでも浴びるように飲み続けた。冶具と近衛は顔を見合わせて笑った。

「しかし失礼ながら、近衛様がボートを操られるとは驚きました」
「あー、はい。キ……鵺に突貫で仕込まれて、ぶっつけ本番でしたけど。そんなことより、動いてるボートからあれだけ離れて当てた冶具さんの方がすごいですよ」
「……私にも、鵺の加護があったのだと思います」
「止まれ!」

 称え合う二人を遮ったのは、狢の少女の上ずった一喝だった。早矢はその視線の先を確かめ、手を挙げて少女を制止した。傭兵の一団から一人歩み寄ってきたのは甘医師だった。

「この人は良いんだ。甘先生、さっきやられた人はどうですか」

 早矢が言うと、少女は堂々と頷いて傭兵に視線を戻した。いまさら彼らが襲ってくるとは考えづらかったが、早矢は何も言わないで置いた。甘は礼儀を守るようにやや離れて立ち止まった。

「意識を取り戻した。血が偏った後遺症でしばらく吐き続けるだろうが、命に別状はない。早矢、それに冶具も、医師として礼を言わせてくれ」

 甘にそう言われ、早矢は素直に微笑んだ。

「お礼を言うのはこっちです。いろいろ、お世話になりました」
「よしてくれ。私は茶賣と組んで君たちを利用した身だ。恨まれこそすれ、感謝される資格はないよ」
「なら、まだ戦いますか?」

 早矢は冗談のつもりで言った。しかしその低く疲れ切った声は、早矢自身にすら酷薄に聞こえた。甘は気まずげに肩を竦めた。

「とんでもない、我々は君に降伏する。そう伝えに来たんだ」
「よかった。ボートを一隻差し上げますから、みなさんはお好きにどうぞ。七……アマフリから話を付けて、カナン軍が茶賣を捕らえに来る手筈になってます。殺された仲間の話が出れば動くはずです。俺たちはそれを待ってから逃げます」
「すべて計画通りという訳だ。茶賣じゃないが、君は確かに、悪党であれ善人であれ大物だよ」

 早矢は首を横に振った。

「味方がいるだけです。とんでもなく賢い奴が、いつでも、すぐそばに」 【Day 8 - Bに続く】

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