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個撮百景 Portfolio of a Dirty Old Man第5話:おじさんポトレとおばさん自撮りのあいだに

■個撮

 個人撮影の略。撮影者とモデルあるいは被写体が、それぞれ個人と個人で行う撮影。
 個人撮影には、撮影会において時間を区切り、複数の撮影者が順番に行うものと、撮影者がモデルあるいは被写体と交渉し、個別に日程を調整して行うものがある。

(亀子写写丸 フォトグラファーの口説きテク最新101 民明書房 平成31年)

 梅雨のさかりというのに雨の気配すらなく、夏を先取りしたかのような熱帯夜の中、俺はヌード写真のトークイベントで微妙な味わいのシャンディガフをすすっている。本当はジンジャービアを試したかったのだが、しばらく入荷していないという。ないものは仕方ないので、店主ご自慢の自家製ジンジャーシロップで作るシャンディガフを頼んでみたものの、なにせスーパードライがベースなので、深みもコクもない、甘みが強いラガービールでしかないような気がする。ただ、おかげで飲みやすく、のどごしも悪くないのだが、トークイベントでこんなカクテルを居酒屋飲みなんかしたら、会計時に青ざめるのがわかり切っていた。
 仕方がないのでちびちびすするのだけど、こんどはベースの安っぽい味わいや自家製ジンジャーシロップの雑味が先に来てしまい、飲みやすさものどごしの良さもかき消されてしまう。
 残念ながら、肝心のトークもくだらない雑音が入ってしまい、楽しめたとはいい難い。予想に反してヌードモデルさんたちがちゃんと話を展開してくれたのはよかったが、下品で厄介な客が嫌絡みしてはカメラマンが割って入るの繰り返しが始まったところで、これはだめだと席の移動を考える。
 目立たないところでスマホでもいじりながら、休憩まで時間を潰せればいいんだが。とはいえ、ほぼ満席か……。
 と思ってまた腰を下ろしかかったところ、奥のカウンター席で女性の立ち上がる様子が視界に入った。もしやと思ってその方向を見ると、黒の上下で固めた女性が荷物を持ってあるき出し、おしゃれそうな雰囲気のスリムな女性が後に続いてた。
 ちょうどいいや、空いたカンター席へ移動する。
 カウンター席のいちばん端で、俺が体を押し込むといっぱいだけど、この際だからしょうがない。すこしは静かに飲めそうだと、すっかりぬるくなったシャンディガフをすすり始めたところ、向こうからさっきのおしゃれでスリムな女性がやってくる。
 うわ、やば、戻ってきちゃった。
 あわてて席を立とうとしたが、見るところ空きはない。そりゃそうだ、空いてないからここにいるんだ。ぐすぐすしてるとその女性が隣に座ってもだいじょうぶですよと、連れは帰ったから、その席は空いてるんですよと、にこやかに教えてくれた。
 俺はちょっと考えて、おそらくスリムな女性は俺と同年輩か、ちょっと年下ぐらいだろうから、こういう場のお作法にも通じてるだろうと判断して「よければ1杯ごちそうさせてください」と声をかける。
 スリムな女性はこれまでに何百回となく繰り返し、完璧なまでに練り上げられている残念そうな笑みを瞬時に作り上げ、にこやかに、しかしきっぱりと「どうも、ありがとうございます。でも、お気持ちだけいただいておきますね」と応える。
 俺は申し訳無さそうに、しかし過剰に卑下しないような表情と声を作りたかったが、手間取っている間に『しつこいとはなんだ! こっちは話を聞いてるんだ!』なんて大きな声が響く。トーク関係者や店のホールスタッフが声のした方へ飛んでいくのを肩越しにみやり、俺は「すいません」とスリムな女性に言った。
「いいんですよ。お気になさらないでください」
 スリムな女性は笑顔でそう言うと、スタッフたちが集まった方をちょっと気にしたが、すぐに俺に向き直った。
「気になりますよね」
「あ、いや、だいじょうぶですよ。彼女はあぁいうののあしらい方、わかってるから」
 スリムな女性がため息混じりにそう言うと、俺は「ですよね。でもあのおっさん、さっきから嫌絡みが酷いから、そろそろつまみ出してほしい」と重ねた。
 ふと、スリムな女性は「もしかして、あなたも彼女を知ってる?」なんて、さっきとは全く別の、もうちょっと素顔の方に寄せた表情で俺に話しかける。
「えぇ、撮影させていただいてるんで」
 俺は応えながらスマホを取り出し、写真共有サイトに投稿したヌード作品を表示した。スリムな女性は興味深げに画像をながめ、スマホを俺へ戻しながら「いちおう、私もモデルやってるんですよ。この歳だし、痩せちゃったから、いまは脱がないけど」と言って、こんどは自分のスマホに作品を表示し始めた。
 画像の多くは路上撮影の全身像だが、スラリとした長身で、手足も長く、小顔と、完全にモデル体型なうえ、ポージングもきっちり決めているもんだから、スマホのちっぽけな液晶からでも観るものを惹きつける力を十分に感じられる。また、コスプレもチラホラ見受けられたが、いずれも男性キャラで、それもコミカルな脇役キャラばかりだ。なかでもとりわけ目を引いたのは、紫の上下にワイドカラーの開襟シャツ、顔半分を覆うようなつけ出っ歯のキャラが『シェー』を、それもしっかり肘と背筋を伸ばした原作ポーズを決めている画像だった。
「ちょっと、これって、えらい上等な服やない?」
 自信なさげに指差す俺に、スリムな女性は「あ、やっぱ、わかる」と、あからさまに嬉しそうな笑顔で応えた。どうも、イッセイミヤケで修行して独立した仕立て屋にオーダーしたんだそうな。
「にしても、なんでイッセイミヤケ?」
 スリムな女性は『よくぞ訊いてくれました』と言わんばかりの表情で、コンゴのサップがパリのイッセイミヤケでオーダーしてる話をひとくさり。そこから、できれば自分も同じ店と思ったけど、お金も労力も足りなかったので、せめて同ブランドって考えた末、その仕立て屋たどりついたというてん末を、熱く語ってくれた。

「流石におフランスはハードル高かったザンス」
「シェー!」

 とまぁ、こんな調子で話は弾み、俺が「近いうちに撮影させていただけませんか?」と持ちかけたら、スリムな女性も俺を撮っていいなら、ぜひ相互無償撮影しましょうと応じてくれた。

 そして酷暑の夏は過ぎ、暦の上では秋という残暑の日々も過ぎて、クリスマス後のやけに慌ただしいある日、スリムな女性からメッセージが届く。
 それは『大晦日の朝、埋立地でコス撮のお誘い』だった。
 スーパー戦隊か? はたまたライダー大集合か? いすれにしても、このお誘いは受けるしかないよな。
 そんなわけで、当日は仕事の日よりも早起きして支度を整え、人気のない駅から電車に乗る。やがて、待ち合わせ場所の出口にたどり着くと、打ち合わせ通り『トレンチコートにハンチング、おむつみたいな布マスク』の女性が立っていた。
「ほとんど『張り込み』コスですね」
「あはは、コスと言っても特捜最前線じゃないし、ロボット刑事でもないですよ」
 そう言って、スリムな女性はごっついスクエアフレームの真っ黒なサングラスをかけ、ポケットから少女の人形と鈴を取り出す。
「チリーン」
 思わず息を呑んだ。
「なつかしい!」
「私は御本人とお会いした経験ないんだけど、お噂はかねがね、ね」
 照れくさそうに笑うスリムな女性に、俺は「いやぁ、世代が違うっしょ」と返す。ところが、彼女は意味ありげに「いや、私はホテル浦島でコピー誌の世代だから」なんて、べらぼうなネタをぶちこんできた。
 これ、乗っても流してもだめなやつやん……。
 とはいえ、同じだめなら乗らなきゃソンソン、だよな。
 ちょっと間ができたけど、それでも「マジスか? 全然みえないですよ」なんて、ほとんど社交辞令にしか聞こえないだろうけど、とりあえず返す。
 ここは、言葉を返すのが大事なんだ。
「そりゃそうですよ。アンチエイジングにいくら突っ込んでるか、いつもポストしてるでしょ?」
 やぶ蛇だった。

 とまぁ、そんな感じで互いの気持ちもすっかり温まり、その勢いで撮影を始める。スリムな女性のリクエストで、俺は標準レンズ一本勝負。引いたところから腰を下ろして、日の丸構図の全身像を流れ作業的に決める。海というか運河というか、水と青空を背景に、わざわざほぼ完全な逆光から、ストロボはガッツリ当てる。そういう撮影だ。
 最初はちょっとでも光を散らして、画面が硬くなりすぎないようにと思ったが、途中からストロボの設定を変えて中心部に光を集め、周辺を暗く落とすようにした。自分としてはコスの気持ち悪さ、また『変態くん』と名付けられて漫画にも登場したインパクトの強さ、そして社会から逸脱している自己を客観視している虚無など、それらの背景をわずかなりとも表現できればと思ったが、それが功を奏したかどうかはわからない。
 ただ、スリムな女性からいただいていた「ほしいのは『ファッションストリートスナップ』で、まかりまちがっても『おじさんポトレ』にはしないで」ってリクエストについては、たぶんなんとかなってると思う。とりあえず、いわゆる『おじさんポトレ』になってないのは確実なので、その点だけでも多少は気が楽だった。
 おじさんポトレってのは、女性がにこやかに微笑む顔のアップもしくは顔アップ気味の上半身像を、浅い被写界深度で背景をできるだけぼかし、かなり明るめのハイキーに仕上げた写真で、ぶっちゃけ『ニコパチ』写真の言い換えみたいな言葉だ。
 そういう写真はポートレートの王道でもあるが、かねてから『ニコパチ』なんて否定的な言葉でくくられていたように、単調で面白みにかける構図であり、機材依存度の高い撮り方だった。

 しかし、そんな『おじさんポトレ』だか『ニコパチ』でも、需要はある。
 それも、トップクラスと言っても良いほど、でっかい需要があるのだ。むしろ写真の、すくなくとも肖像写真の歴史はニコパチに始まり、それから百数十年の時を閲して『おじさんポトレ』と名を変えてもなお連綿と続いているほど、人々はにっこり微笑む女性の顔写真を求めている。芸能ニュースやアイドルのブロマイドはニコパチ写真の展覧会だし、各種サービスのスタッフ紹介、風俗のキャスト写真なんかは顔を隠したニコパチなんて倒錯した有様だが、それほどに『にこやかな笑顔の女性』に人々は惹かれる。
 スマホのちっぽけな画像でアクセスを競うようになった最近では、ニコパチの訴求力はよりいっそう増している。
 そして、写真や写真表現に興味がない人ほど、わかりやすく、はっきりと『画面の中で微笑む女性の顔』に反応し、食いつくのだ。

 メッセージで『おじさんポトレ』はやめてと釘を差してきたスリムな女性と、あらためて打ち合わせ通話した際に、こんな感じで『ニコパチ写真』の需要と受容を説明した。彼女は心底うんざりしたような声で「あぁ、だから写す心とか言うサムイおじさんって、顔ばっか撮りやがるんだな。こっちはファッション撮って欲しいのに、服もスタイルもろくに撮らず、挙げ句、そんな遺影みたいな代物に『いい写真でしょ』なんて評価おねだりするんだな。まったく、ほんとやだな、写真おじさんってのは」なんて、共感性羞恥で悶絶しそうな話を聞かされた。
 たしかに、ニコパチばかり撮るようなおじさんは写真や写真表現に全く興味がなく、せいぜいがただのカメラ好き、下手するとナンパの口実に撮影してる。おまけに、モデルの側が撮ってほしいテーマやイメージを伝えようとしても、なんとかのひとつ覚えみたいにニコパチばかり撮ったり、やり取りというか、そもそも意思の疎通すら成立しなかったりで、結局はモデルも『おじさんポトレ』なんてレッテルで陰口をタイムラインに垂れ流すくらいしかなくなる。まぁ、問題の切り分けや言語化をていねいにしないまま、陰口で発散しちゃうのもどうかと思わなくはないが、そもそも問題の厄介カメコとはコミュニケーションが成立しないんだから、そうなってしまうのもしょうがないところはある。

 しばらく逆光で撮ったが、冬の硬質な日差しが心持ち高くなった頃合いで場所を変え、こんどは順光の撮影を始める。
 光線状況は正反対だが、縦長画面で日の丸構図の全身像を流れ作業的に決めるのは同じだ。書割のような青空と青い水面を背景に、トレンチコート姿の『変態くん』が仁王立ちを決めるのも同じ。ほとんどやけっぱちのような明るさが、なぜか逆説的に切ない。順光で正面から撮ると、サングラスに俺が映り込んでしまうような気もするけど、ストロボの光でうまく飛んでてくれるといいな。とか、そんな考えをもてあそぶ余裕が出てきたところ、スリムな女性に疲れがみえたような気になったので、いったん休憩を入れる。
「おつかれさま。休憩にしましょう」
「ありがとう。ナイスタイミングよ」
 スリムな女性はバッグから保温水筒を取り出し、湯気の出る飲み物をすすった。
「もろに陽が当たってまぶしかったけど、サングラスで助かった。まぁ、根性で目は開けるけどさ、疲れ具合がぜんぜん違うよ」
 そう言って、彼女はもうひとくち、温かい飲み物をすする。
 俺もなにか飲み物を持ってくればよかった。いまさら悔やんでも仕方ないし、そんなに飲みたければ自販機でも探せばと思ったところで、スリムな女性のカメラバッグが目に入る。
 そうだ、彼女も撮影するんだった。
 この瞬間まで、すっかり忘れていた。だが、あらかじめ考えていたかのように、俺は休憩したら撮影を交代するつもりと、スリムな女性に告げた。彼女はちょっと意味ありげに微笑んだような気もしたが、それは俺の自意識過剰と思いたい。ともあれ、おしゃれで小ぶりだけど、よく使い込まれたカメラバッグから、これまたふた世代前のモデルで素子も小さめだけどいまだに世評の高いデジタル一眼レフカメラが出てくる。しかも、フルサイズ用の手ぶれ補正レンズを組み合わせるなんて、日頃からガッツリ制作してる雰囲気を濃厚にかもしている。おまけにカメラへコマンダーをのせ、ちっちゃな三脚に大光量のストロボと、完全に本気のセットが出てきたので、正直たまげてしまった。
「ほら、ろくにこっちの話を聞かないカメコおじさんにいらつくくらいなら、セルフポートレートだろってね。いっときハマってたのよ」
 聞くと、家にはアンブレラとかバンクもあるらしい。
 そんなこんなを話しながら、スリムな女性はぱっぱとセッティングして、俺に立ち位置を指示し始めた。
「じゃマスクとサングラスをつけてね。これで、私と対になるから」
 言われるままのマスクにサングラスで指示された場所に立ち、ポーズはどうするってたずねたら、棒立ちでいいという。
「むしろ変にポーズなんかつけないでね。おっさんがいくらカッコつけてもだめよ。潰れたファッション誌のストリートスナップのほうがましなんだから」
 そんなもんかと思いつつ、脱力気味に立っていたら、こんどは「あ、棒立ちでも猫背はだめ。刑事ドラマにかぶれた小学生にもならない」なんて声が飛んでくる。
 ポーズは決めず、かと言って楽にもせず。難しいな……。
 ひとりごちつつ背筋を伸ばすと、すかさずストロボが光る。
 そんな調子で撮影は進む。
 しばらく順光で撮って、それから逆光で撮ったが、そのときはストロボを焚いたり焚かなかったりして、かなり極端に変化をつけていた。
「逆光は正義なんて、クリシェもいいところだけど、やっぱ好きなんよ」
 スリムな女性は照れくさそうに笑い、まもなく撮影を終えた。

 よかったらお昼でもいかがと、まぁなかば社交辞令的にお誘いしたら、スリムな女性はちょっと考えるような素振りのあとで時計を確かめ「そこのスーパーでなんか買って、駅チカの公園で食べるってのはあり?」なんて、逆に微妙な提案をしてきた。もちろん、俺は即座に応じたけど、いかにも大晦日って慌ただしさだな。
 きんとんや黒豆などの単品おせちにかまぼこ、伊達巻、鏡餅なんかが目につくところをすべてを埋め尽くす売り場を進むと、オードブルに揚げ物、サンドイッチなどが山と積まれた惣菜売り場にたどり着く。
「うわぁ! 目移りしちゃう」
「ごめん、選んでるヒマはないの。さっさとキメて会計しましょう」
 話を聞いたら、午後はコス撮があるらしい。
 どれも美味しそうなので、直感で卵サンドやミックスサンドなんかをポンポンとかごに放り込み、それぞれの飲み物も買うと駅横の公園へ急ぐ。
 幸い、あずま屋みたいな一角にテーブルもあったので、そこに陣取ると買ってきた品々を広げる。スリムな女性はキャラ物のハンカチを広げてランチョンマット代わりにしながら「こんなふうにしつけられた世代なんよね」と笑った。
 俺は門松や梅のイラストがあしらわれたミックスサンドのパッケージを開け、小海老とアボカドのサンドから食べ始める。買う前から期待していたとおり、濃厚でぜいたくなうまみが口いっぱいに広がり、それだけで多幸感すら覚えてしまう。初手からピッチ上すぎじゃないかと思い、甘ったるいロイヤルミルクティーで舌をリセットしていたら、スリムな女性は画像をチェックし始めた。
 そうなると自分も気になってくるし、互いの画像をみたくもなる。そうして、カメラを交換して背面液晶をみた瞬間、自然と声が出てしまった。
「ちぇ、上手いな」
「ありがとう。でも『チェ』はよけいだったと思う。ゲバラじゃあるまいし」
「すいません。でも、それこそこの際『チェ』はゲバラの、アルゼンチンのそれということで」
 アルゼンチンでは間投詞の『チェ』がやたらと乱用され、ゲバラも口癖のように使っていて、そこからあだ名になった話を手短にしたところで、スリムな女性は無糖コーヒーを手に自分の話をし始めた。
「まぁ……それこそ『まぁ』みたいなもんなのね。その『チェ』って。でまぁ、撮り始めてからは割と長いし、自分の写真にはそれなりに自信もあるんだけど、ほめられるとやっぱうれしいものね。なにせ、あまりほめられてこなかったから」
 そういって、スリムな女性はかすかに口元をゆがめた。
「あぁ、作品を観ないで作家のポジションで態度を決める奴ら、本当に多いですからね。でも、うまいというか、ちゃんと魅力のある写真と思いますよ。背面液晶をながめただけですけど」
「ありがとう。実際、ポジションで態度を決めるやつ。ほんとに多い。最初はモデル仲間を撮ってたんだけど、あいつらみんなナルで自己中でルッキズム全開で病んでしまったのね。なにかとすぐにイキるし、その割に売れてるカメコにはみっともないくらいこびるしさ、なんだか嫌気が差しちゃった。だから、セルフ撮ったりコスプレしたり。でも、ソーシャルとかみちゃうと、ウワァ! コンナンが? ってのがバズってたり、最近またおばさん自撮りとか言って、若い娘があおったりイキったりまで目に入ってくるし、かと言って……おカメラマンの世界もね」
 半分くらいはイベントの夜や、これまでのやり取りで聞いた話だったけど、ちょうどタンドリーチキンサンドを食べ終わったところだったし、流さずに合いの手を入れる。
「うん、うん、すごくわかる。ただ、おばさん自撮りって?」
「おじさんポトレと同じよ。ほら、自撮りって基本ニコパチでしょ? だから写真としての面白みなんかこれっぽっちもないんだけど、撮ってる本人は写真としての質なんか全く考えてないし、その割にはガッツリ加工してるもんだから、ほっときゃいいのに若い娘がイヤがらみするの」
「うへぇ、それはなんだかな。だいたい、ソーシャルってほっといてくれない、ほっとかせない構造なんだけど、その辺をわかってる人はめったにいないしね。にしても、そんなに自撮り加工するんだぁ」
 スリムな女性は口の中だけで『わっかるかなぁ』とつぶやいて、とめた。だが、俺はすかさず「わっかんない」ですよ。と続けてしまう。
「もぅ、いくら歳がバレてても、こういうネタを拾われると微妙なのよ。でさ、プリクラわかるでしょ? 自撮りでいじられてる女性って、プリクラ世代だからさ、加工依存がひどいのよ。ほら、別人プリクラ。その感覚で自撮りも加工しちゃうから、まぁ若い娘にしたら、お察しよね」
「あぁ、わかる。わかります」
 俺はプリクラ全盛期の重加工リトルグレイ顔でキラキラ背景、いまで言うスタンプ……当時はなんと言ってたっけ……うじゃうじゃの、当人ですら識別できないんじゃないかってほど全部のせ状態の、やけっぱちな面白さが染み込んだちっちゃな画像シールを思い出していた。
「プリクラを『写真』として評価する人はいないでしょ? おばさん自撮りもそういうもんだと思う」
「でも、それをあえて『写真』の評価基準で……」
 スリムな女性は俺の言葉を遮って、ちょっとさみしげに「ううん、そんなに頭良くないのよ。おばさん自撮りをサンドバッグにしてイキってる小娘も、それに乗っかってるおっさん連中も。みんな、たまたまスマホで目についた『馬鹿にできそうななにか』を踏みつけて喜んでる。ただ、それだけ」と言い、顔をしかめかけて、やめた。
 俺がなに雑な言葉で応えようとしたら、スリムな女性はふっと目線を合わせる。それにはなにか、たとえば『寒い時代』とか、そういう寒いオタクの決まり文句を口にするくらいなら、いっそ黙っててくれと、そんな思いを感じさせる冷ややかさがあった。
「ファッションってさ、自分を世間から切り離して、高める力があるんだけど、それは他人を見下す道具にもなりやすいのね。それに、よほど自覚してないと、他人と自分を比べてイケてるのダサいの、競争して消耗して……だから、若い連中、それも小娘のイキリもわからなくはないけど、やっぱみっともない。でも、それをわざわざ指摘してやるほどお人好しでもないし、かと言ってそれに乗っかっちゃうおっさん連中とか、わけも分からず反発して加工自撮りでイキるおばさんは、もっとみっともない……そんなわけで、やっぱ疲れるなぁって」
 そう言って、スリムな女性は無糖コーヒーを飲み干し、時計を見て立ち上がる。
「いくわ。ずいぶん長話しちゃった」
 俺もなんとなく立ち上がり「ゴミは捨てときますよ」なんてどうでもいい言葉をまき散らす。スリムな女性は「ありがとう。でも、自分のは自分で捨てるから大丈夫」と、これまでに何百回となく繰り返し、完璧なまでに練り上げられている笑顔で応じた。
「了解。じゃ、写真は後で共有サービスに上げときますね」
「ありがとう。いい写真……いや、悪くない写真だったよ」
「手厳しいですね」
 俺の微妙に不貞腐れたような顔に、スリムな女性は「あら、ほめられても嬉しくない、そんな感じと思ったのに」と、素で意外そうな言葉を返す。
「あぁ、思い当たるフシは、あります」
「でしょ? まぁ、久しぶりに楽しい撮影だったのは間違いないから。また、撮ってくださいな。私も撮りたいから」
 早口でそれだけ言うと、スリムな女性は駅へ走り去った。
 俺は彼女の後ろ姿に「ありがとう、お気をつけて」と声を投げかけ、ちょっとした満足感を噛み締めながら腰を下ろした。

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