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ニキの映画を創る会、監督からのメッセージ

コロナ禍で中断していましたニキ・ド・サンファルの映画。昨年11月から制作を再開しました。現在、編集のラストスパートに入っております。お力添えくださいました皆様には完成をお待ちいただき、心より感謝申し上げます。
ここにあらためて監督・松本路子の制作ノオトをお届けさせていただきます。

制作ノオト
「ナナ」シリーズなど、カラフルでエスプリあふれる女性像で知られる、フランス系アメリカ人の造形作家ニキ・ド・サンファル(1930-2002)。 私がニキと初めて会ったのは1981年、パリ郊外の彼女の自宅を訪ねた時だった。かつて宿屋だったという石造りの家の扉が開くと、にこやかに微笑むアーティスト本人が立っていた。ダイナミックな作品とは対照的に、繊細な感じの神秘的な雰囲気さえ漂わせた人だ。1枚の肖像を撮影する予定で会いに行ったが、その自由な発想と遊び心にすっかり魅せられ、以来10数年に渡りニキや作品をヨーロッパ各地で撮影し続けた。

私は1970年代に、日本、ヨーロッパ、アメリカの女性運動を記録し『のびやかな女たち』という写真集を出版している。80年代には世界各地の女性アーティストの肖像を撮り始めていて、スウェーデンで制作された巨大な女性像「ホーン」のことを知り、ニキ・ド・サンファルに会いたいと思った.。

「ナナ」などの作品群は「陽気で解放された女性像」とされる。だが、最初からナナたちが登場してきたわけではなかった。社会や自分を取り巻く環境への怒りに満ちたレリーフを制作し、そこに埋め込んだ絵具やペンキをライフルで打つという射撃絵画の時代。その後、女たちに課せられた役割を身体に貼り付けた「赤い魔女」「花嫁」「ピンクの出産」などのオブジェで、女であることを肯定しながら深い闇に落ち込むという、作者の苦悩を表現した作品を数多く制作している。

1960年代後半から、女たちの体は膨らみ始め、形も色も軽やかになっていった。さらにニキは次々と巨大な女性像を創り、子どものためのプレイハウス、動く彫刻噴水、彫刻による公園などの建造物を手掛け始めた。

その集大成が、イタリア、トスカーナに建つ「タロット・ガーデン」。タロット・カードの主なる大アルカナ22枚を題材に、人生の断片や機微を象徴する彫刻群が建ち並んでいる。ニキは20代の頃スペインでアントニ・ガウディのグエル公園を見て、いつか自分の彫刻で庭園を造りたいと思い続けていたという。

ニキから形ができつつあるという連絡を受け、建設中のタロット・ガーデンを訪ねたのは1985年のことだ。オリーブの森に巨大な作品が点在し、その中のひとつ女神の上半身を持つスフィンクスの像が彼女の棲家だった。彼女は女神の乳房の中にある寝室で眠り、製作を続けていた。

ニキの写真は写真集として出版し、彼女が亡きあとも何回かの写真展で展示を行った。だが私は数年前、人生でやり残したことは何かと考えた時、完成したタロット・ガーデンを見ていない事に思い至った。それがこの映画「Viva Niki タロット・ガーデンへの道」(仮)を作るきっかけとなっている。タロット・ガーデンを中心に、ニキが歩んできた道を作品で辿りたい。晩年の8年間を過ごしたアメリカ、サンディエゴを訪れ、人生の集大成ともいうべき作品と出会いたい。そんな思いが私を衝き動かしていた。

映画制作はコロナ禍で中断を余儀なくされたが、現在、ヨーロッパ、アメリカ、日本国内での撮影を終えて、編集段階に入っている。作品の撮影と同時に、ニキ・アート財団の理事でニキの孫にあたるブルーム・カルディナスや、パリでの回顧展のキューレター、ギャラリー・オーナー、コレクターなど、ニキをめぐる重要な人々にインタヴュー出来たのも、素晴らしい体験だった。

のびやかに、そして不屈の精神で闘い続けたアーティスト、ニキ・ド・サンファル。彼女の作品は、深い哲学的思索と、たくさんのメッセージを見る人に投げかける。美術館から飛び出したナナたちは、町や公園で、生きることへの讃歌と愛を高らかに歌っている。それは人々に生きる力を与えてくれる。 私はこの映画で、ニキの解き放たれた創造の魂と、壮大な宇宙的空間を伝えることができたら、と切に願っている。

©Art works by Niki de Saint Phalle
© Photographs by Michiko Matsumoto

ニキ・ド・サンファルの映画は「ニキの映画を創る会」メンバーで製作しています。編集作業、完成に向けて、サポートしていただけたら嬉しいです。