【祝・野球殿堂入り】佐山和夫氏とロジャー・カーンの"The Boys of Summer"

作家・佐山和夫氏、「野球殿堂」で特別表彰

 米国MLBには、1939年に創設された“Baseball Hall of Fame”という表彰がある。野球人にとって最高の栄誉であり、毎年、クーパーズタウンで表彰式が行われる。一方、日本の野球界にも「野球殿堂」(1959年創設)がある。

 今日、今年の野球殿堂の顕彰者が発表された。競技者表彰となるプレイヤー部門、エキスパート部門では23年ぶりに該当者なしとなったが、特別表彰で、ノンフィクション作家の佐山和夫氏(84歳)と1996年アトランタ五輪で銀メダルに導いた元日本代表監督の川島勝司氏(77歳)の二名が選出された(NHKの朝ドラ「エール」の主人公のモデルとなった作曲家の古関裕而氏は落選となった)。
 佐山氏は開口一番、「この世の中で私が一番驚いていると思います」と謙遜したが、僕は先日来、今年の野球殿堂のノミネートに佐山氏の名前があったのを見つけ、密かに受賞を願っていた。


日米の野球についての著書・翻訳を多数手がけ、センバツ大会「21世紀枠」の創出に尽力

 佐山和夫氏は1936年、和歌山県生まれの84歳。慶應義塾大学文学部卒業後、母校の英語教師を経て、40代で作家を志した。米国ニグロ・リーグ、MLBでも活躍した伝説の投手、サチェル・ペイジについて調べ、1984年に「史上最高の投手はだれか」という著書を出版した。その後も、ベーブ・ルースの研究や、ハンク・アーロン、前述のサチェル・ペイジの自伝の翻訳も手掛け、「野球とクジラ」等、日米の野球についての著書・翻訳を多数、持つ。
 1999年には、日本高野連の特別顧問となり、春のセンバツ大会における「21世紀枠」の創出に尽力した。佐山氏は「20世紀は戦争の世紀で強さに値打ちを置いていた。21世紀はもっと多様な価値観を身につけないといけないと思った」という。
 面白いことに、佐山氏自身は、野球のプレー経験はほぼないが、父親が旧制和歌山中(現・桐蔭高)の教員であった縁から、小学生の頃、同校野球部のボールボーイを務め、全国大会にも同行したという。

米国スポーツ文学の金字塔”The Boys of Summer"を翻訳

 僕自身も、佐山さんの著書は何冊か読んだが、印象に残っている作品は、米国のスポーツジャーナリスト、ロジャー・カーンが1972年に書いたベストセラー“The Boys of Summer”の翻訳である「夏の若者たち[青春篇]」(ベースボールマガジン社、1997年)である。
 この本は、著者・ロジャー・カーンが野球ジャーナリストの目を通してみた1950年代の米国MLBのブルックリン・ドジャース(現・ロサンゼルス・ドジャース)の様子と自身の自叙伝的な内容である。発売されるとあっという間に増刷となり、全米でも最終的には、300万部も売れる大ベストセラーとなった。1947年、ドジャースは、近代MLB初のアフリカ系アメリカ人選手となるジャッキー・ロビンソンを入団させるが、彼の苦難は映画「42」でも描かれたように、筆舌に尽くしがたいものであった。そして、ジャッキーを受け入れたチームメートたちも葛藤しながら、人種を超えたチームワークを育み、1953年、同じニューヨークの宿敵、ヤンキースとのワールドシリーズに挑む。
 そして、もう一つのテーマは、「ニューヨーク・ヘラルド」の記者になった作者・ロジャーのジャーナリストとしての成長譚であり、父親との軋轢を描いたものである。
 “The Boys of Summer”は、「アメリカスポーツ文学最高の傑作」とも評され、2002年に発表された「全米スポーツ関連書籍トップ100」の2位にランクインした。

 なお、米国を代表するロックバンドの「イーグルス」の中心メンバーだったドン・ヘンリーは、1984年に、この著作とまったく同じタイトルで「ボーイズ・オブ・サマー」という曲をリリースし、大ヒットを収めている。ドン・ヘンリーは、ドジャースのファンであることから、このロジャーの作品をモチーフにしていたことは想像に難くない(ちなみに、ドジャースの本拠地・ドジャーススタジアムでの試合でプレイボール直前になると、球場いっぱいに大音量で、The Atarisというグループによるこの曲のカバー曲のイントロが流れることでも有名である)

日本人にとって難解な”The Boys of Summer"

 この本は手に取るとわかるが、翻訳であっても、非常に難解で読みにくい。登場人物や固有名詞が多いし、1950年代の米国MLBやドジャースについての知識がないと、理解が追いつけないところがある。1972年に発売されたこの名著が、1997年まで日本語に翻訳されなかったのは、日本での商業的な成功も保証されていなかったからであろう(ロジャー氏の後の作品である“Good Enough to Dream“(1985年出版)のほうが先に小林信也氏に翻訳されて「ひと夏の冒険」というタイトルで日本でも1988年に出版されている)。そう考えると、この作品の翻訳に取り組んだ佐山氏の情熱と労苦が偲ばれる。
 しかしながら、佐山氏のおかげで、僕のような日本人のMLBファンが、米国の野球の歴史を辿れるようになったのだから、今回の野球殿堂入りは自分のことのようにうれしい。佐山氏は和歌山在住で、今後も精力的に執筆活動を続けるという。
 ロジャー・カーンは昨年2020年2月に92歳でこの世を去ったが、佐山氏は、”The Boys of Summer”を翻訳するはるか前に、知己を得ていた。もし、カーン氏が生きていれば、佐山氏の野球殿堂入りを喜んでくれたのではないかと思う。
 そして、佐山氏のように、野球のプレー経験がなくても、野球への愛と、筆の力で、野球殿堂入りすることができるというのは、我々のように野球について書くことを志す人間にも希望を与えるものだと思う。

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