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◇1019日記 シュガーハイで旗を振る

 わたしが付き合った男はみな、口を揃えて同じようなことを言っていた。

「僕(俺)は、外国に行く。」

 例えばそれは留学であったり1年の放浪であったり、理由は様々だった。付き合い始めて何度かデートを重ね、食事も共にし、「ようやくこの人のことを受け入れられそうな気がする。日常に落とし込む準備を始めよう、住まいだとか二人で生活することといった将来を考えよう。」と頭を切り替え、そういった準備に移行するのはいつ頃がいいのか預金通帳とにらめっこを始める頃、彼らは外国へ行くことを色濃く話し始める。ちなみにだいたい、その外国へ行く設計にわたしは含まれていない。わたしは、ただ、しばらくの間、置いていかれることだけがはっきりとわかった。

 わたしは愛国者ではないが、日本から出るのがひどく億劫な人間だ。早い乗り物が苦手な上に、もし言葉が通じない場所で急にトイレに行きたくてもたどり着けず、最後は漏らしてしまったらどうしようと不安でたまらない。(だが先日酔っ払った勢いで、夜の駐車場で小便をしたのはここだけの話である。)ボーッとしながら歩くからスリにあっても気が付かないだろうし、近道だと思って入り込んだ道が実は危険だったりすることもあり得る。実際に近道だと思って入り込んだ路地がピンク街だったり、飲食店から警察に両脇を抱えられて男が連れ出される場面を見たことがある。不運なのか、運があるのか。そういった体験もあって小心者の小市民精神はより一層縮こまって、ビビりに拍車をかけた。それに、留学や放浪へ行きたいと語る彼らについて行きたいか、と聞かれれば、わたしはノーと答えただろう。「日本がダメだから」と口にして外国へ行く算段を語る彼らについて行ったって、ひどく悲しい気分になるのが落ちだと思った。代替えを求めての渡航のような気がして、満足な結果が得られなかったら惨めな気分になるのがこわかった。日本がダメだなんて、本当に面白くない。わたしは彼らが飲む砂糖たっぷりのエナジードリンクを見ながら、シュガーハイのせん妄だとほくそ笑んで彼らを見下した。

 出不精で怠惰な自分を少しでも外に出す為に、週末は喫茶店に出かける。喫茶店へ赴いても、だいたい本を読んでいるか、文章を書き留めているか。自宅にいるときと大差ない。そんな人間となぜ彼らは付き合うのか、わたしは不思議に思っていた。出不精で文句たれ、自分を奮い立たせるために強気なことはいくらでも口から出てくるが、性根が引きこもりで怠惰なので隙あらば「おうちがいい」と呟いてしまう。自宅に長くいると「美味しいパンが食べたいなぁ!」と自ずと外に出て行く。そのくらいの加減でいいと思っている。

 そんな人間が、仕事終わりの夜、アジア旅行に行った。場所はバンコク。行こうと思った理由は定かではない。友だちにモゴモゴと行く理由を並べ立てると、「つまりは自分探しってことね。」の一言で片付けられるくらい、曖昧だった。自分探し。わたしは、何かを探しているらしく、バンコクに旅立った。

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