0613日記 世界から愛されているということ

「俺はお前の、その世界から愛されているっていう態度が気に食わないんだ。」
と先輩が吐き捨てるように言った。わたしの誕生日のことだった。

正月明けだということもあって、夜、友達伝いに、同年代の大人たちが正月に帰省して持って帰ってきた餅を持ち寄りパーティーをしていると聞いたので、会場となっているシェアハウスの居間に転がり込んだ。ふと思い立って、バイト終わりに、バイト先のママからもらったお菓子や食べ物を持って転がり込んだ。8名くらいの友人達が小さな炬燵を囲み、8畳程度の和室でガスコンロを使っておかきを作ったり、枝豆をすり鉢で潰してずんだ餡を作っていた。何を話していたかは思い出せないけれど、思い思いに話し込んで酒を飲んでいた。
深夜を回った頃、迎えた日付が自分の誕生日であることを叫びたくなって、我先にと声高に「今日、わたし、誕生日なんすよ」と周りに打ち明けた。集まってい友人達はお誕生日なんて聞いて集まっていないから、まずは驚き、そのあと祝福を声をかけてくれた。素直に嬉しかった。わたしはお誕生日会ってわけでもないけれど、この日にこんなにたくさんの人が周りに集まっていることや、和気藹々と過ごすことが初めてだったので、非常に浮かれて、天にも昇る心地だったのだ。
0時からしばらく、自分のお誕生日に酔いしれて、浮かれた酔いはなんと明け方まで続いてしまった。何度言ったか覚えていない「わたし今日お誕生日なんだよ!」を繰り返し、起きている人がわたしを含めて人数の半分を切った頃だった。わたしより少し年上で図体の大きな先輩で、あと何センチかで2メートルですねってくらい大きな先輩で、その先輩が、大の大人2人が入って寝転んでいる一人暮らし用くらいの小さな炬燵にぎゅうぎゅうと脚を詰め込みながら言った。
「おい、俺はお前の、その世界から愛されているっていう態度が気に食わないんだ。」
言われた瞬間、わたしは笑った気がする。もしかしたら怒ったのかもしれない。そのときの感情の起伏は覚えていない。先輩はそのまま横になりながら炬燵布団を荒く引っ張って、暖を取り瞼を閉じながら
「でもな、世界から愛されてないってわけでもないんだよな。」
みたいなことを言って眠った。わたしは興奮のまま、先輩を揺さぶって、「どういうことなんですか!XXさん!わたし愛されてるって感じの態度なんすか!世界から愛されてないわけでもないって問答落として寝るなよ!責任取れ!」と噛み付いたが、先輩は起きる様子もなく、無言のまま目を閉じ続け、歳の近い友達に嗜められて、わたしも適当に眠った。

そのままぼんやりと5年以上経ってしまった今でもこの出来事を考える。
わたしは、わたし自身を世界から愛されていると思っている。だけれど、その世界から愛されていると思ってわたしが受け止めている愛情は、わたしがその人の何かの役に立った見返りだとも思っている。わたしは愛を語るには貧し過ぎる。世界から愛されていると自負するくらい軽薄だし、世界から愛されないわけがないと憤れるほどに傲慢だし、自惚れだし、道化なのだ。そもそも世界ってなんだよ、と思いながら、不特定多数の関係性のわからない他者たちからわたしは愛されるほど、自身が存在してしまったことに頭を抱えていたりもする。存在することの恥じらいを、君は想像できるだろうか。
曖昧で落とし所のないものだから、着地点が見えない。ただ、アラサーになっても、愛ってなんなんすか、と気軽に言える自分を保とうと思う。

今のところ、愛はたとえば鉛。

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