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のち更に咲く  澤田瞳子著

この物語は源氏物語の外伝に類すると思います。平安時代に京を跳梁した盗賊団袴垂保輔が物語の背景にあって、意外な主人公の登場に興味が湧く、藤原元方天皇の外祖父になる夢破れ、悶死、娘が村上天皇の皇子を儲けたが、立太子出来なかった。息子の致忠は酒席で人を殺めて佐渡へ遠流、その孫たちの物語、長女大紅源満仲に嫁ぎ、源頼光兄弟の母、長男の斉充気に食わぬ公卿の闇討ちに失敗して殺害される。二男保昌肥後守道長の信頼する秘書。三男保輔徒党を率いて盗みを働き検非違使に捕縛され自害。末娘小紅道長の私邸土御門第で仕える下臈女房。二十年振りに京に盗賊団が動きはじめた、人々はあの保輔が生きていたのではないかと噂する、やり方が同じ。道長の一の姫彰子が一条帝に十三歳で入内し、二十歳にしてやっと身ごもり、宿下がりをして来た。この頃定子皇后は亡くなっていた。ある夜のこと土御門第に盗賊が押し入った、時ならぬ騒動に怯え上がり慌てて道長の家族たちは、暮らしている西ノ対を出て寝殿へと座を移した、小紅は騒ぎが収まった後戻ってきた人たちが、すぐに休めるようにしてやろうと、ひょいと西ノ対へ踏み入った。そこに賊がいた袴垂と口走る小紅、なんだよく分かっているな、板戸をしめろと顎をしゃくる。兄様ではない目前の者は彼よりもずっと年若、落胆とも安堵ともつかぬものが胸に広がり、小紅はわずかな余裕ができる。そして灯芯に火をつけて賊を見た。女それも十三、四歳の少女だ小紅は質問をする、袴垂の一党の中に藤原保輔なる男はいるのか、年は四十前後すらりとして、笑うとひどく子供っぽい顔に、もう二十年近くも会っていない、保輔の名をだすと少女の眉間に皺が寄る、ここでその名を口にするとは、もしや親父様を手にかけた奴らの一味かと言い、小紅に向かって刃物を突き付ける。わたしは誰の一味でもないわ、保輔はわたしの兄様よ。兄だって信じられぬといいたげな声で、小刀を握りしめ小紅の前に仁王立ちで見下ろす。わたしは小紅、藤原右京大夫致忠の末娘よ名乗った。少女は小紅を人質にして屋敷を抜け出す、解放せずに小紅を何処かに連れて行くつもりらしい、待っていた部下に馬に抱え上げられ、ねぐらに連れて行かれた。出むかえたのは、年の頃は四十前後の妖しい魅力を湛えた不思議な尼、少女に向かって御以子雪の中疲れたでしょうという、少女はあたいの名だよ親父様が付けて下さった、あんたの兄者だという藤原保輔が、あたいの親父様さ、馬鹿などう見ても目の前の少女は十三、四保輔が亡くなった年を思えば、計算が合わない。空蝉と名乗った尼がいう、年の離れた妹君がおいでと伺っおりましたあなた様が。自分は保輔の部下であった。せっかく見えたのですから、当時の保輔様のことをお話ししましょう。検非違使に捕らえられたその時まで一緒にいたという。でもその半年ほど前からねぐらを転々とし、十日、半月と姿をくらまされることがあって、戻ってきた時はふさぎ込み誰がはなしかけても、顔を背けるばかり長らく手下としていましたが、あんなお姿は初めてであった。その時お腹にいたのがこの子、御以子は本当に兄様の娘なのですか、それにしても年が。親父様以外誰が父親だってんだ、妙な文句は止めてくれと御以子は語気荒く遮った。空蝉はそんな娘を見て夢見るような妖しい微笑みを浮かべた。保輔の様々を教えられて育ったのだろう、この女は長い時をかけて保輔の記憶を呼び起こし、当時保輔を捕らえた検非違使だけでなく、この京を治める公卿たち全員が憎い、保輔様のお恨みを晴し遺恨を思い知らせるのだと言う。左大臣一族から取り戻すのです。確かに元方の娘がお生みした第一皇子を押しやって、右大臣師輔の娘が産んだ第二皇子が立太子に。祖父は夢を絶たれて悶死その娘も病死、第一皇子も二十の若さでこの世を去り一族は落魄した。師輔の孫が道長、保輔様が不遇をかこち盗賊として生きるしかなかっただから、思い知らせてやるという。そんなことしてお兄様が喜ぶとでも、愚かな真似はやめなさい命を落とす。盗賊騒ぎの混雑がまだ収まっていず小紅が土御門第を抜け出したことは気づく者は皆無であった。兄の保昌があらぬ疑いをかけられ、歌人の和泉式部が保昌といたのだと証立てた。小紅は同僚の命婦ノ君から、道長の正妻源倫子はかって官位もない人をご自分のもとに通わせ周囲をやきもきさせた、そこへ道長が求婚したので容れた、と知らなかった女主の若かりし頃の噂話をした。倫子の父は、宇多天皇の孫左大臣源雅信。袴垂の一味が殺され小紅は首実検に行く、そこに御以子の姿はなかった。小紅は従兄の僧侶観碩に頼み、あんなに保輔を慕った空蝉、保輔と同じ鳥辺野に葬った。その時観碩が保輔に遊んで貰った話をした、幼い私を一人前の男のように接してくださり、木刀を取って稽古までつけてくださいました、その後一緒に庭に大の字に倒れこみ、空に浮いている白い雲を見て、いいなあの雲は、大切な相手とともにふわふわとどこかに行ってしまえればどれだけ楽か、とつぶやかれた。大切な相手誰だろう。御以子が忍んで来た小紅は塗籠に隠したら、そこに女主らしき人がきて、唐櫃から染め分けの男物の水干を出して、胸に抱えて涙に暮れていたんだ。それと同じ柄の香袋を、母者が肌身離さず持っていた。これだけ母者の懐から持って逃げた、土御門第から牛車に御以子を乗せて出た。話をするうち奔放に生きた保輔の相手の存在を、空蝉は知っているその相手が、親父様を裏切ったのだと、母親の日頃の言動からと。この事件を調べているかって保輔に従っていた検非違使の足羽忠信が御以子に尋ねた、保輔殿が死んだのは二十年前、お前は誰なのだ年があわない、保輔殿の娘ではない、空蝉は保輔殿ばかり見ていた、まかり間違っても保輔殿以外の男の子を生もうとはしない、おそらくは空蝉の娘でもないのだろう。言われて御以子は激怒し姿を消した。あの娘は何者なのだ。御以子は去る際に香袋を落としていった。土御門第に帰り若い道長に恋の手ほどきをしたという古手の女鈴鹿に、道長と倫子との馴初めを尋ねた。道長は当時二十一歳是非にと思い定めた倫子には相思相愛の相手が他にいた、それが貴族の出自であるが、出世とは無縁の男らしいこと、包み隠さず打ち明けたという。知り合いに丁度倫子様の実家の左大臣家に仕える者がいて、そいつから聞いた倫子様のご様子をお伝えしたり、あれこれとずいぶん心を砕いたもの、どういう次第で倫子様が、前の思い人と別れ、道長様を選ばれたかまでは知らない。お二人が夫婦となられお子が生まれて二十年、その姫君が身二つになるんだからね。二十年前兄の保輔がなくなった年、偶然の一致はいくらでもある。男物の色分けの水干を唐櫃から出して、胸に抱えて涙に暮れていたんだ。それと同じ柄の香袋を母者が肌身離さず持っていた。御以子の声が耳の底にもう一度鈴鹿のもとに。左大臣様のお屋敷に盗賊が入ったことはないかしら。倫子様がまだ道長様と結ばれる前に、あったよ二年前の秋にいち早くきずいた武士たちが取り囲み、首魁と思しき男をもう少しで捕らえるところまで行ったが、すんでのところで見失ってしまったと聞いた。まさか盗みに入った左大臣邸で倫子と出会い。お互いに思い思われる仲になったというのか。道長にとって保輔は恋敵に当たる。道長が倫子を妻に迎えて間もなく、保輔が検非違使にに捕縛されたのは偶然か。保輔を売った人ははるか遠くにいる、御以子はそう教えられたという。兄の保昌に倫子と保輔を巡る推測を語った。愚かなと一笑すると思いきや、それ以上口にするな身に危害が及びかねる、わたしの知る限りお二人が夫婦になられたのは、保輔が獄にて亡くなる半年前だ。すぐに子宝に恵まれただ今産屋におわす中宮彰子様は、保輔の死から三、四カ月後にお生まれになった。小紅は震えた、彰子は皇子を産んだ。その喜びの中をほっとくつろいでいるだろう、北ノ方倫子のもとに兄の保昌と向かい、香袋を見せた。倫子は二人に保輔とのことを話した。道長に求婚されたことを告げた時、保輔様とともにこの家を抜け出すことを、この方とであればどこでも行けるはずと。でも別れを告げられた。香袋はわたくしが作ったものです。何も受け取ってくださらなかったが、これだけは貰っていくとおっしゃた。ずっと持っていてくださったのね、といって倫子は香袋を額に押し当てた。二年たらずの保輔様とのご縁でした、保昌は聞く、我が弟と倫子様が縁切れとなられた時、もしやお方様の御身にはすでに彰子様が、倫子は保昌を遮って、あれはわたくしが腹を痛めて産んだ娘です。ただそれだけでいいではないのですか。それ以上を問うて、いったいなんになるのです。道長様が倫子様より話を聞き、我が弟を捕縛させたということは、ありえません、私はあの方のねぐらも、配下にどういう者がいるのかすら教えてもらえませんでしたから。ならば弟は本当にただ検非違使に居場所を突き止められただけ。お方様との別離の心の隙を捕史につかれたのか。倫子は彰子が誰の子であるのか明らかにしなかった。保輔が亡き後も倫子は、空蝉は彼を慕い続けた。保輔は何も残さないが、残された者たちに鮮烈な記憶だけを残して逝った。寝殿を望む渡殿に来た時、彰子に仕える藤式部(紫式部)とすれ違う、保昌は誰だあれは、今評判の物語作者。源氏物語の数々の色恋の中でも、読み手を驚かせたのは、源氏が藤壺との密会で生まれた皇子は、天皇になり我が子と知りながら、臣下としてかしずいている。途方もない恋を式部はどこで思いついたのか。倫子がかって道長以外の男を思い人にしていたとの噂は、土御門第では案外知る人が多い、まさかそれを式部は知ってと。暗示した終わり方をしてます。中宮彰子は皇子を二人生み、二人共即位し道長は我が世の春を歌います。小紅の兄藤原保輔は後に、恋多き歌人和泉式部の夫になるのです。保輔、保昌、小紅、道長に、彰子の母倫子、御以子は何者、藤式部、個性的な登場人物たち、面白いですよ。お読みになりませんか。


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