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127:音はギザギザのラインだけにある

城一裕はIllustratorのベクター画像を操作して作成した波形をレーザーカッターやカッティングマシンを介して,物体の表面に刻む.物体の表面に刻まれた波形は,蓄音器やレコードプレーヤーの針を振動させて,音を発生させる.

これまでに筆者がおこなってきたコンピュータ上で描いた波形を直接盤面に彫り込み,そこから音響を発生させるという一連の試みでは,音楽ではない情報(ベクトル画像)が様々な素材(マテリアル)を介して物質化され,そこから音が生じる.ここで描かれる波形は,サイン波に近似しているため(具体的には Adobe Illustrator の効果>パスの変形>ジグザグ>滑らかに),溝の上を針が進むことでいわゆる電子音のような音が聴こえることとなるが,実際にはあくまでも機械的に刻まれた凹凸を針がなぞっているだけであり,そこではシンセサイザーでみられるような電子的な音の生成は一切行われていない(コンピュータで作られている,という意味においてデジタルサウンド,ということは出来る).

この作業を通してつくられる波形が刻まれた表面を持つ物体を普通は「レコード」と呼ぶけれど,城は「レコード」とは呼ばない.

城:図形を描いて音を出しているだけなので,すでにある音を記録してないという意味で,レコードではないと思っています.

すでにある音を記録していない「レコード」のようなものを見るとき,人はそこに何を読み取るのか.城はIllustratorを使って,円を描き,波形にしたラインを描く.グラフィックソフトで描かれたラインは,ある物体の表面に刻まれて音を出す.しかし,そのとき物体に刻まれている波形は蓄音器やレコードプレイヤーにかけられるまで「音」を持っていない.物体の表面に刻まれた波形は振動を生み出すために刻まれているので,この時点では何かしらの音を発することは想定されているし,実際に音が発生する.けれど,その音がどのような音なのかは,わからない.この時点で音はまだ存在してない.振動のもととなるギザギザのラインは存在しているけれど,音は存在していない.

音は目に見えないし触れないとよく言われる.確かに,音量・音高・音色といった性質は,色が視覚でしか知覚できないように,聴覚でしか知覚できないものである.だが,それら聴覚的な性質の担い手である音は,物体の振動と同一であり,見たり触ったりできるものなのだ.p. 117

しかし,源河が書くように音を考えるとすれば,城が振動のもととなる波形のラインを書いた時点で音は「見える」状態で存在しているとも考えられる.この意味で,城の「あらかじめ吹き込むべき音響のないレコード盤」は,音の視覚的・触覚的な側面を強調しているとも言えるかもしれない.城がIllustratorを使って,溝を刻んだ紙やアルマイトの板を手にする人は,それらをじっと見つめ,ギザギザのラインに触れる.そのとき,何も音は聞こえてこないけれど,音は確かにそこにある.その点ではレコードと一緒だが,その振動はまだ一度も空気を伝わっていない.音はギザギザのラインだけにある.

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