身体日記2020.10.16

最近は、「頭で考えても絶対わからないこと」にしか興味がなくなりつつある。頭でわからないことが、じゃあなんで「わかる」のかというと、それはもちろん「体でわかる」のである。このあいだ「雨あがりの少女論」で引用した片山洋二郎の本などは、まさしく「考えていても絶対わからない」事例ばかりが載っている本だ。

例えばこんな一節があった。

赤ちゃんを抱くとき左腕で抱くとおとなしくなりやすい。よく心臓の音が聴こえやすいからだといわれたりするが、むしろ抱いている人の左側のほうから、意識を相手の中心に向ける状態になりやすいので共鳴しやすいのだ。赤ちゃんのほうは体が開いているのが当たり前だから、抱く側のあり方がそれによって共鳴的になって互いにつながっている連帯感、一体感が生まれる。赤ちゃんも安心するが、抱いている方もらくになるのである。

こういうことは、頭で考えてわかることではない。ただ、じっさいに体で試してみると、その通りなのである。

おれは放っておくと頭を使いすぎるので、よく頭に血が上ったような状態になる。「頭に血が上った状態」というのは、曰く言い難い厭な感じで、腰が入らず、言葉だけが上滑りして、人の動向への反応性が高まっている。おれの場合はそれが自覚できるので、つまらない放言をしたり何かをやらかしたりすることはないのだが、ともあれ不快は不快だ。そういうときは、近くの神社か、公園に行く。経験的に、樹木のなかに入ることが「効く」ことがわかっているからだ。本当は原生林のようなところがいいのだろうが、都会に住んでいるので、そういうわけにもいかない。

森の中に入ると、ひんやりした感じがする。手が加えられていない原生林だとよりその感じが強い。ただ涼しいというより、身体中の皮膚がアルコールを塗布したときのような感じになる。気温的な涼しさよりも、気が発散することによる涼しさなのだ。動物や人間に近づく場合、普通まず温かく感じるから逆の反応だ。動物と植物は逆なのだ。人や動物に気を通して、共鳴しようとするときは、相手の中心に向かって呼びかけるような感じがする。中心に何か湧泉のようなものがあって、そこから波紋がどんどん拡がってくる。そして互いの中心が呼び合う感じで波紋がどんどん拡がり、二つが共鳴して、ついには自他の区別がなくなり、空間に拡がりだけを感じるようになる。
植物と共鳴しようとする場合はこういう直接的な向き合いの感じにはならない。まず足元の地面からエネルギーが立ち昇ってくる感じがして、とくに脚の内側を通って体の中心を貫いて天に向かって延びてゆく。それから体の中からどんどん空っぽになってゆく感じになってゆく。相手に向かうというというよりは天地と共鳴する感じで、空間に拡散するイメージだ。たぶん植物には自己の中心というべきものがないのだろう。

おれにはたいへんわかりやすいのだが、こういうことは、頭で考えて理屈を合わせないと腑に落ちないという人には、あるいはわかりにくいのかもしれない。

動物といるときの「感じ」と植物といるときの「感じ」、鉱物といるときの「感じ」、……人というのは動物だから、人といるときは動物といるときの「感じ」なはずだが、人の場合は、不思議と、植物や鉱物といる「感じ」がする場合もある。

例えば、舞踏という身体芸術がある。土方巽に始まる日本の舞踏に共通する身体的イマジネーションは、動物へ、植物へ、鉱物への生成変化ということであろう。
舞踏は、その場に潜在的な力動性を、言葉ではなく身振りで分節化する。
その分節は、思考よりも速い。
分節を統御しているのは自分ではなく、身体イメージの自律的なダイナミズムである。
だから、素晴らしい舞踏の舞台は、ほとんど夢のようだ。空気が高密度に粘っこくなり、あり得ない歪曲を示す。
身体が宙に浮く、ドロドロに溶ける、鉛のように重たくなって身動きが取れなくなる。あるいはカフカの小説のように、別の何かにメタモルフォーゼする。
夢のなかでは、時に、そうしたことが起るが、舞踏に於けるイメージも、そのように形姿を変え、性質を変え、絶え間なくメタモルフォーゼする身体である。

笠井叡『カラダと生命 ー超時代ダンス論』(りぶるどるしおる)には、こんな一節がある。

植物生命と動物生命の一番大きな違いは、植物は合成力を持ち、大地、水、空気、熱、光に対してカラダを開き、その合成能力によって、動物の食に対応する養分吸収を行います。植物に内臓が不必要なのは、合成能力があるからです。動物はこの合成能力に欠けています。
人間における新しい動物性とは、外界と内界が融合するということであり、人間の中における新しい植物性とは人間的動物的感情が、すべて純粋生命活動に融合し得る無我性を獲得しているということであり、新しい鉱物性とは人間が宇宙とその本質において一体であるということです。


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