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200兆円YouTuber、年金を語る

昔の上司U氏が、YouTuberになっていた。

元金融マンが、為替や株式のチャート分析や、銘柄分析をする投資チャンネルを始めるのはよくある話だが、U氏は一味違う。
なんと、190兆円も投資運用しているのだ。

ちなみに、このチャンネルだ。

https://www.youtube.com/watch?v=kQthsbJkx

種明かしをすると、U氏はGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)で、僕らの年金190兆円を運用している責任者だ。

最近、Twitterで、”年金運用 赤字”がトレンド入りしていた。
何だろうと思い調べると、4期連続で、赤字運用をしているらしいのだ。この3ヶ月だけでも、なんと1.8兆円も損失を計上している。
「詐欺だ」「博打だ」「年金減額だ!!」とTwitterで非難する言葉が飛び交っていた。

しかし、その批判は全くの的外れだ、と僕は言いたい。

的外れな批判にさらされているU氏がかわいそうだし、
せっかくなので、今日は下の三つについて書きたいと思う。

  • どれだけ運用で失敗しているのか?

  • 年金運用とは何なのか?

  • 将来受け取る年金は減るのか?


どれだけ運用で失敗しているのか?

2年ほど前だろうか。
久しぶりに、そのU氏とランチをご一緒したときのこと。
「年金150兆円運用するってどんな気分なんですか?」と僕が質問をすると、彼は笑いながらこんなことを言ってきた。

「何言ってんだよ、お前。運用してるのは190兆円だぜ」

あれ?たしか、日本が積み立てている年金は150兆円だったはず。
不思議に思って尋ねると、2020年度のたった1年間で約40兆円も儲けたのだと自慢された。40兆円というと日本の年間の税収の6割にあたる。

もちろん、いつもそんなにうまくいくわけではない。儲かる時もあれば、損をする時もある。

ここで大事なのはGPIFの目的。彼らは何十年という長期スパンで運用している。

上で紹介したYouTubeの中でも説明されているが、短期間で赤字になることはあっても、長期的には運用による収益は増え続けていて、今運用している190兆円のうち、半分以上は、投資で儲けて増やしたお金だ。

GPIF公式チャンネルより

だから、赤字が続いたからと言って、すぐに目くじらを立てるのお門違いだ。

しかし、どうして長期的に儲け続けることができるのか。それは、彼らの運用に秘密がある。


年金運用とは何なのか?

結論から言うと、日本の年金運用は、分散投資によって日本の成長と世界の成長に投資している。

GPIF公式チャンネルより

失われた30年というように、日本はほとんど成長していなくても、儲けてこられたのは、世界が成長しているからだ。下のように、国内と海外に半分ずつ、さらに債券と株式に半分ずつ投資している。

ここで一つ、考えてみたいことがある。

25%にあたる50兆円が投資されている国内債券というのは、ほとんどが日本国債だ。国債金利はほとんどゼロだから、国内債券による長期的な利益は見込めない。残念ながら。

では、日本の金利が10%だったら、どうなるだろう?50兆円分の国債をもっていれば、その利子収入だけで、5兆円も入ってくる。
金利がじゃんじゃん上がってくれた方が、運用する側にとっては嬉しい。しかし、その利子は日本の国庫から払われる。つまり、我々の税金だ。
年金運用がうまくいっても、我々の財布からお金は減っている。

分かりやすく言えば、タコが自分の足をたべているのと同じなのだ。

では、国内株式については、どうだろうか?
もちろん、入ってくる配当が多い方がいいが、そのお金はどこから来るのか?
もちろん、日本企業だ。日本企業が儲かっているから、配当が払われる。
では、日本企業が儲けているお金はどこから来るのか?
これもまた、我々の財布なのだ。

全体を考えてみると、この国内債券や国内株式の運用益は、基本的には、国内にある我々の財布からお金が移動していることがわかる。

タコが自分の足を食べて何の意味があるのかと思うかもしれないが、ここには大きな意味がある。それは、資本配分だ。

僕らが受け取るお金は、主に二種類。働くことによってもらえる賃金と、投資している人(資本を出している人)に支払われるお金(資本配分)だ。

投資をしていない人は資本配分を受け取ることができない。言うなれば、タコの足を食べられっぱなしになってしまう。
しかし、年金という制度によって、その資本配分を受け取ることができるのだ。

それに対して、外国債券や外国株式は全く違う話になる。そのお金は、外国にある財布からやってくるのだから。
こちらについて例えるなら、タコ(日本)がイカ(外国)の足を食べているということになる。

では、国内に投資している100兆円を外国への投資に回した方がいいのだろうか?
この場合、100兆円で外貨を買うことになるから、この100兆円が外国が保有することになる。彼らは、現金のまま保有せずに、日本の債券や株式に投資する。
すなわち、日本政府や日本企業がGPIFに支払っていた金利や配当は、外国に支払われることになる。タコ(日本)が食べていたタコの足を、イカ(外国)に差し出すことになる。

つまり、全額を外国債券や外国株式に投資することは、タコがイカの足を食べながら、タコ自身の足をイカに食べられているということだ。

これから生産人口がどんどん減っていく日本の成長には期待できなさそうだから、自分の足を差し出してでも、イカの足にむしゃぶりいた方が良さそうな気もする。

現実問題としてはできないんだろうな。
自国の成長を諦めているという意思表明にもつながるから。


将来受け取る年金は減るのか?

さて、ぼくらが一番気にするのは、この運用によって将来受け取る年金はどれくらい変わるのかと言う話だ。

もちろん、運用益が増えた方がいいのだが、その影響は微々たるものだ。なぜなら、この積立金に依存しているのは、せいぜい一割程度だからだ。

GPIF公式チャンネルより 元データ:2019財政検証資料

では受け取る年金額は、何によって決まるかを示しているのが下の表だ。
この所得代替率とは、そのときの現役世代の手取り収入と比較してどれだけの割合の年金を受け取れるかを表している。

「経世済民オイコノミア」より 元データ:2019財政検証資料

縦軸は、ざっくりいうと生産性の違い。下に行くほど生産性がそんなに伸びていない社会。
現状だと、ケース3と5の間くらいになる。

そして横軸は出生率。ケース5で、出生率が中位推計の場合(出生率1.44)だと、44.5%だが、出生率が下がって出生低位(出生率1.25)になると、39.7%に減る。
たとえば、現役世代の所得が500万円だとすると、年金額は223万円から 198万円に減る。一割以上減るのだ。

昨年の出生率はまだ計算されていないが、一昨年の1.30から出生数が下がっていることを考えると、出生低位のシナリオである出生率1.25に近いだろう。

政府の予算を、子どもに使うか高齢者に使うかという対立構造をよく見かけるが、根本的には、社会全体で子どもを育てていかないと、高齢者の直面する年金問題は解決しない。

そういう点でも、少子化対策は喫緊の課題なのだ。
そんな話を「経世済民オイコノミア」でもお話ししたので、ぜひ見てみてほしいです。

ちなみに、僕の著書「お金のむこうに人がいる」のp216に「(ギリシャ危機のとき、)ゴールドマン・サックスの内部でも大きな問題になった。紙クズ同然になるかもしれない日本国債を取引し続けて大丈夫か、と。」と書いている。
実は、ギリシャ危機のときに日本国債の破綻について、侃侃諤諤の議論をした相手は、他ならぬU氏だ。こちらについても読んでもらえるとうれしいです。


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