光重合したアクリルポリマーの末端が勝手にラクトン化する話
Chain‐end lactonization of polyacrylates prepared by photopolymerization
筆頭著者佐内さん(東亜合成)のこの講演を聞いたことがあって、頭の片隅に置いておきたい話だったので共有
1)アクリルの光重合?
アクリルの光重合って何があるだろうって見まわすと
・ UVレジン 手芸とかでてくる
・ UV当てるタイプのネイル
・ UVで硬化する接着剤・補修材
・ 光で硬化させて造形するタイプの3Dプリンター
上記に挙げたものは多分UVアクリル樹脂なのかなと思われます。アクリルじゃないタイプもあるかと思いますのでご注意
液体の状態で塗って光を当てるだけで作業が終わります。
図画工作の時間に使用した木工用ボンドやプラモデルで使用する接着剤は塗ってくっ付けたいものを動かないように固定してしばらくの間待つ必要がありますが、一般的なUV当てるタイプのものは固定までに10秒もかかりません。
一瞬で固まると言えば瞬間接着剤アロンアルファ(そういえば東亜合成ですね)もアクリルですが、これはシアノアクリレート系接着剤といって、湿気と熱で硬化ちょっと別の樹脂になります。
2)アクリル?
アクリルといえば、アクリル樹脂・アクリルガラスの用途が良く出てきます。
透明アクリル板はその透明度の高さからガラスの代替として使用されています。水族館の巨大な水槽(特にカーブがあるようなデザイン性の高いものはアクリルガラスの可能性が高いです)、趣味のグッズを展示するためのアクリルケース、アクキー・アクスタの透明な板とか。いろんな窓口に置いてある透明な仕切り、アクリルのパーティションはコロナ禍で特に需要が増えたとか。ポリカーボネートやポリスチレンなどと共重合させることで強靭性や成型性等を調整したグレードも数多くあり、今後も需要が期待される材料です。
上記用途でのアクリル成分のほとんどはポリメタクリル酸メチル(PMMA)になります。
PMMAはメタクリル酸メチル(MMA)の重合体です。
MMAはイソブチレンを参加、メタクロレインを直接メタノールと反応させる(直メタ法)ことで得られる(ことが多いのかな?現在のメジャー製法はわかりません)。
他のアクリルを使った製品といえば、アクリル系の粘着剤があります。セロテープの一部がアクリル樹脂で、ベタベタする部分に使用されています。ここで使用される材料はポリマー化してもPMMAのようなツルっとした硬さのある固体になりません。反応が進んでもベタベタする感じ(タックといいます)は残ります。このベタベタを利用したのが粘着剤になります。アクリルの粘着で使用される材料は例えば2-エチルヘキシルアクリレート(2-EHA)と(n-)ブチルアクリレート(BA)があります。
MMAと比較するとアルコール残基(Oの右側のことです)の構造が異なっておりこの違いによって反応は同じでも生成物(反応によって出来上がったもののことです)の状態が大きく異なってきます。
上記で出てくるPMMAのガラスや粘着剤に使われる重合物は今回紹介する論文の光重合法ではなく熱重合によって得られることがほとんどです。
ちなみに、アクリルというともう一つアクリル繊維がありますが、これはアクリロニトリル系統のポリマーを指します。
アクリル繊維が服飾関係に使用されるほか、ニトリルゴム(一部のゴム手袋とか)にも使用されますが、ABS樹脂にも含まれます。
参考)役にたつ化学シリーズ6 有機工業化学 戸嶋・馬場著
3)光ラジカル重合?
そろそろ論文の内容に触れたいのですが、もう少し説明をさせてください。
重合反応の説明をしたいので先に用語について話しておきます。
モノマー: 反応前(高分子(ポリマー)になる前)の1単位、上記までだとMMA、2-EHA、BAが当てはまります。
ポリマー: 反応後の重合物を指します。上記までだとPMMAが当てはまります。
光ラジカル重合開始剤: UVを含む光の刺激によってラジカルを発生させる材料です。
アクリルの光重合で起こる反応
(ラジカル生成) 光が光ラジカル重合開始剤にあたることによってラジカルが発生
PI → R・
(重合開始) ラジカルがモノマーにアタック
R・ → RM・
(成長反応) ラジカルを持ったモノマーが別のモノマーにアタック
RM・ → RMM・
(重合停止) ラジカルどうしがぶつかりラジカルが消滅する
RM・ + RM・ → RMMR
(酸素阻害) ラジカルが酸素と反応して重合反応を起こさない状態に変化する
RM・ + O2 → RMOO・
今回の論文で重要なのは光開始剤がモノマーにアタックするところからモノマーの成長反応が始まるという点です。ポリマーの末端には光ラジカル重合開始剤がいます。
ちなみにラジカル生成反応のところで、熱によってラジカルを生成させる場合、その重合反応は熱ラジカル重合反応といいます。
次は論文の実験内容を見ていきましょう。
4) 論文中の光重合の内容
使用している材料を並べます。
1-hydroxycyclohexyl phenyl ketone(HCPK)
2-ethylhexyl acrylate(2-EHA)
上記材料を混ぜてUV光を照射することで2-EHAのポリマーができます。
具体的に書くと
(ラジカル生成) HCPKの光開裂反応によるラジカル生成
HCPKは紫外線を吸収・開裂反応を起こして2種類のラジカルを生成します。
(重合開始) HCPK由来のラジカルが2-EHAにアタックする
(成長反応) モノマーの成長末端部のラジカルが次のモノマーにアタックする
上記の成長反応が進むと以下の生成物が得られる
文献によると上の構造に加えて重合停止反応によって両末端にそれぞれにHCPK由来の構造を持つものものがTOFーMS解析によってわかっています。
両末端の組み合わせは3種あるので、片末端の2種と合わせて5種確認されているようです。
5) 末端のラクトン化
TOF-MSで5種確認された構造ではあるが、常温保管していると6種類目のピークが現れることが確認されました。
2日後に小さく検出され、7日後にはより量が増えていた。一方で、ヒドロキシシクロヘキサン末端のポリマーの検出量が減っていました。
NMRで確認すると初期には見られなかった4級炭素が検出されており、なにかの構造変化が考えられました。
著者らはより単純な配合系で確認を行った結果、ヒドロキシシクロヘキサン末端部がラクトン化し、重合開始反応時に最初に反応したモノマーのアルコールが抜けてることを突き止めました。
この反応は酸成分で加速する事を確認しています。安息香酸を加えて反応させた系(モノマーは異なりますが)では7日後の結果は安息香酸を加えていない28日後よりも多くのラクトン化が進行しているようです。
突然出てきた安息香酸ですが、HCPKに光を照射するときに生成されます。ラジカル生成反応で生成されるベンゾイルラジカルから生成されるベンジルアルデヒド。その酸化物が安息香酸になります。
酸素阻害の受ける条件で硬化した場合はより多くの安息香酸が産生し、ラクトン化が促進するようです。
・ おわり
光ラジカル反応で得られたポリマーは数日放置すると末端構造が微妙に変わっていく。
研究室等で重合物の構造解析するなら知っておいた方が良いし、この反応を利用している製品はアクリル成分由来のアルコールが出てくることを知っておいて悪い事は無いと思います。
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