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Rhasaan Pattersonについて②/Rahは”オルタナティヴ・R&B”だったのか?

00年代後半から10年代終わりまでのRah

 「Rahsaan Pattersonについて①」は何人かの方に気に入っていただいたようだったし、自分としても満足いく内容が書けた気がする。気分が良いうちに②を書いてしまおう。②で扱うのは2007年の4thアルバムから2019年の最新作まで。極上のソウルミュージックとして聴くことのできた3rdから、この時期のRahはさらに作家としての個性を強めていく。

4th Album 『Wine & Spirits』から1曲

 モノクロのアルバムカバー通り、シックな印象が強かった2004年の3rd『After Hours』から3年後のこの『Wine & Spirits』(Spotifyには無い…)は素直にやりたいことをやった、というような感じだ。70年代のソウルとファンクに加え、ブルース、もろなPRINCE風、エレクトロニクス、これまで接点のなかったヒップホップとの邂逅も果たしている。しかしどんなサウンドを入れようとも、なんでもできるヴォーカルと持ち前のメロディ作りの才能を武器に、何気ないモチーフを意表を突くやり方で膨らませる手腕でものにしていく。例えばミッドテンポのダンサー、「No Danger」

シンセサイザーのリフと打ち込みのビートの反復に甘いコーラスが乗る、胸がキュンとなる可愛らしい曲だ。何気ないメロディラインを厚手のコーラスで包み、スペース広めに設計した空間に漂わせる。それだけで十二分に魅惑的なことを理解している、作家としての自信を感じさせる楽曲。初期はどちらかとオーセンティックな構成の曲が多かったRahだが、このあたりからビートを中心としてエレクトロニクスと多重コーラスでグルーヴを膨らませたポップ・ファンク、という独自の作風を強めていく。

クリスマス・アルバム『The Ultimate Gift』から1曲

 そもそもがゴスペルを起源に持つこともあって、R&Bシーンにはクリスマス・アルバムという伝統がある。オリジナル・アルバム並みの完成度だったりして、ここ10年ではJon LegendR. Kellyのクリスマス・アルバムは傑作だった。意外なことに孤高の作家であるRahもこの伝統行事に便乗して、2008年にクリスマス・アルバム『The Ultimate Gift』をリリースしている。例えばD'angeloMaxwellのクリスマス・アルバムなんて想像すらできないが、Rahはクリスマス・アルバムとしての体裁は完璧にクリアしながら、突出した個性とクオリティを持つ作品に仕上げているから立派だ。例えばスタンダードナンバー「Little Drummer Boy」でさえRahにかかればこうだ。

Rahによる1人ゴスペル・クワイアと化したコーラスワークに、大振りにスイングするセカンドライン・ファンクのビート。「Little Drummer Boy」という素材の完璧な再解釈として新たなクリスマス・クラシックに迎えられるべき出来だ。オリジナル曲も素晴らしいものばかり。ぜひ一家に一枚、ホリデー・シーズンのレパートリーに加えていただきたい。

5th Album『bleuphoria』から1曲

 一聴して、本作がRahのキャリア中最も異質な作品という印象を与えるのではないだろうか。リリース時の情報では「大半の曲のベーストラックがGarage Bandでつくられた」ということだった。実際にビートやキーボードのサウンドは極めてチープで、キャリア初期のリッチなオーケストレーションなどは見る影もない。フリー素材で作ったみたいなアートワークもぞっとしない。そのせいもあり実は最近まで食指の動かなかった作品ではあるのだけど、腰を据えて聴いてみるとこれが凄かった。最も安っぽいものを使って超ファンキーなものを作る、というポップ・ミュージックにおける心躍る瞬間がキャプチャーされている。Princeの「Sign of the Times」(曲のほう)がアルバム通して続く、と言えば伝わる人には伝わるだろうか。特にお気に入りは超クールなメロウファンクの「6 AM」

808の音色が目立つ体温低めなマシン・ファンクに、お得意の美麗なコーラスが艶めかしい。たまらない。バンド演奏からループ中心のトラックに移行したことで、以前からみせていた「何気ないモチーフを繰り返し、変化させ、グルーヴの渦を築き上げる」手腕が全面開花した感じだ。サウンドはチープだがアレンジは練り込まれていて、制作陣はJamey JazKeith Crouchと、チームRahの腕利きが参加している。またゲスト・ヴォーカルにはJody Watley, Shanice, Faith Evans, Lalah Hathawayという、すごい面々が参加。このマジカルなガレージ・バンド・ファンクは、音楽的な確信をもって作られたということだろう。

6th Album『Heroes & Gods』から1曲

 2011年の前作から8年という、Maxwellにも負けないブランクを経て2019年にリリースされた今作は「bleuphoria」で達成した独自のマシンファンクの発展形という側面を持ちながら音はぐっとリッチになっている。またストレートな70's風味も用意され、これまでの集大成的なアルバムと言えるかもしれない。全ソウルファンを心地よくさせるだろう先行カットの70'sなスロウ・ジャム「Sent From Heaven」等、さすがの完成度だ。しかし個人的に最も推したいのはミッドテンポで幻想的に脈打つ「Wonderful Star」

オーセンティックな美メロ作家から、「何気ないモチーフを繰り返し、変化させ、グルーヴの渦を築き上げる」唯一無二の作家への進化の到達点のように思う。全ての楽器がゆったり動くその息遣いと、更に艶を増したRahのヴォーカルの高まり。忘我の境地に達して見せるそのパフォーマンスはMarvin GayeやPrinceと並べても遜色ないだろう。移り変わりの早いR&Bシーンで、1997年デビューのシンガーがここまで進化を続けてきたことはもっと驚かれていい。

10年代のブラックミュージック・シーンとRah、そして「オルタナティヴ」

 はっきり言って、00年代後半からのRahとメジャーなR&Bシーンとの接点はほとんど無かった。しかしこの時代はブラックミュージックにとってかなり実り多い季節で、Frank OceanThe Weekndという新たなR&Bのモードが現れた。Robert Glasperが新たなジャズ・シーンをけん引し始めた。眠れる獅子二大巨頭にしてRahと同世代のD'angeloMaxwellはついにアルバムをリリースして、耳のうるさい連中を唸らせた。ディスコ/ブギーのブームもあって、PharellDaft Punkの曲を歌っていた。Princeは傑作アルバムを遺してこの世を去った。

 私は、音楽性的にはRahは彼らのどの作品とも接点を持つことができたと思う。伝統的なR&Bのテクニックにも熟達しながら、通常のR&Bのパレットにはないサウンドも彼のフィールドに招き入れ、生命を吹き込んだ。サウンドだけでなく、曲の構築の仕方についても伝統と異端とがせめぎ合う独自のメソッドを作り上げた。彼の音楽を聴くと、長い期間をかけ、日の目を浴びることなく、音楽に没頭してきた様が目に浮かぶ。上記の作家たちは皆、登場時に「オルタナティヴ」扱いをされた人達だが、この時期のRahに関しては「オルタナティヴ」という分類からも零れ落ちた「オルタナティヴ」だった。

とりあえずこれでお仕舞い

 さて、①、②にわたる記事もこれでいったん終わり。最初は走り書きのつもりが長くなってしまった。Rahの音楽はこの拙文とは違い冗長でも不器用でもなく、最高のグルーヴ、最高のハーモニー、楽しい音色、セクシーな息遣い、哀し気な旋律に満ち満ちた、素晴らしいポップ・ミュージック。しかしひたすら良質で、純粋に冒険的である、といった在り方の難しさを、この孤高の作家の存在自体が示しているように思えるのです。だめだ、また重くなってしまった。とりあえず、Rahsaan Pattersonは必ず踊りながら、バラッドの場合は涙を流しながら聴くこと!以上!


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