思考が現実を作ったかもしれない件

昨日、長ったらしいタイトルで、書きました。
そしたら、宇宙の采配なのか、予言みたいな内容になっていておいおいと思いました。

予言というと、仰々しい。簡単に言うと、昨日の内容は
「ホームベーカリーは便利だが、材料を計測しスイッチ入れただけで、パンを作ったと言えるのか。子どもに尋ねられたら、小麦粉など材料や本来のパン作りの特性を調べながら一緒に勉強したい」的な内容を書いていた。

一晩明けて、おいしいごはんパンを食べられるはずだった。
ヨシケイ利用時代に、アレンジ加えてクリスマスメニュー失敗させた旦那並みに(手順書無視して、まずそうに作れる謎の旦那)
ご飯を水につけるのを、鍋を火にかけあっためて、作り方にはイースト菌過発酵するので温めないで根の記述に気づき冷蔵庫に入れ冷やしたつもり。一緒にバターもミルク代わりのホイプクリームもドロドロになっていたのが悪かったのか。。
朝になってパン焼き機の意アラームを聴きフタを開けて目にしたものは
粉の塊と一部ご飯のボロボロぽろぽろ
といった、材料レベルのブツでした。


こ、これは…
まさに
材料の特性と、ホームベーカリーの機械の特性、そして本来のパン作りについて深めなければ失敗を繰り返すのではという事態に直面しました。

あれだけ旦那のことをくそみそ言っていたのに(ヨシケイ事件)
自分も同じことをしでかしていたと判明しがっかり。
そしてこの材料レベルの調理ブツを、どうしたらいいか。

娘が起きてきて「いいにおい」
という。フタを開けてゲゲゲのゲ、である。
どういった状態か確認するため、パンケースから出してみた。
次にジップロックの袋に入れた。
そして、とりあえず粉々にしてみた。はっきりくっきりとおこげのような存在も確認された。それも粉々にする。

そんな、一体全体何を作っているのかわからない母の手元を見て、まさか
「おいしそう、私も食べてみたい」と言ったのは
その日誕生日の上のADHD娘。

本当に食べるのか、と念押ししたが、たべる、というので
スプーンですくって皿に盛ってみた。
一口たべると「んーおいしい!」という。
な、なに?

もっと食べたいと言い、結局、大匙4ぐらいは食べた。
そのあと起きてきた下の子も、食べるといって、これまたお代わりをした。

こちらは、パンを食べられないことを責められるのではないかと内心ドキドキしていた。

なぜこんなことになったのだろう、不思議に思った。

通勤の車を運転しながら、ふと思った。
子どもたちはバター乗せご飯、バターを塗ったパンのどちらも大好きだった。
今回はまさに、それだったのではないだろうか。
…焼けてないけどね…
バターの風味がまさったのかなあと分析した。
まさに、素材の味を生かす結果となった。

今回は、発想の転換というか、
はあ、こういうこともあり(ホームベーカリーでのパン焼きについてあれこれ言っていたらそのようなことになったり)、子どもたちがいやがらないなどもあり
自分の理想像やイメージというのは
あまりあてにしすぎてもいけないんだろうなあと
考えさせられました。

やってみないとわからない、ということを学びました。