見出し画像

KANさんの想い出~②東京ライフ

そんなこんなで『KANさんのアタックヤング』を聴き始めた。
軽妙な語り口と、他のパーソナリティにはないコーナー盛りだくさんの番組だったが、ミュージシャンがパーソナリティを務める番組なので、本人の楽曲も流れる。番組後半になると、「僕の新しい曲です。KANさんで『東京ライフ』」なんて紹介とともに、『東京ライフ』が流れていた。
エンディングの『言えずのI LOVE YOU』は、エンディング曲なので曲紹介はなく、この曲はなんていう曲?ともやもやしていたが、前出のこの番組を紹介してくれた友人に聞いて、ようやくタイトルを知ることができた。

雑音交じりのSTVラジオから流れてくる曲を、もっとクリアに聴きたい・・・次第にKANさんのCDを買いたくなってきた。この2曲を比べると、先に耳にするようになった『言えずのI LOVE YOU』のほうが親しみがあるし、まだ恋なんてしてないけれど、恋をするとこんな感じなのかな?という、中学生でも少し背伸びすればわかる感があって、好きだった。それに比べると『東京ライフ』は就職か何かで田舎を離れて東京で一人暮らしする青年がモデルになっている感じで、中学生にはまだ難しいくだりも多かった。番組を紹介してくれた友人などは「🎵地下鉄が君の職場まで伸びたから 気分的に楽になる」の意味がわからないと言われて、「なんでわかんないんだよ」なんて言い合いをしたほどだった。

ただ、『言えずのI LOVE YOU』はアルバム曲で、当時はまだシングルカットされていなかった。そのころの私は、まだCDというものを自分のお小遣いで買ったことがなかったので、3,200円もするアルバムを買う勇気はなかったし、そもそも、『言えずのI LOVE YOU』が収録されたアルバム『GIRL TO LOVE』は近所のCDショップには置いていなかった。『GIRL TO LOVE』だけでなく、まだ『愛は勝つ』がブレイクする前のKANさんは無名な新人ミュージシャンで、片田舎のCDショップの棚に並ぶほどの有名アーティストではなかったのだ。

繰り返し番組で聴くうちに、次第に『東京ライフ』のしんみりした曲の雰囲気も好きになってきた。これもまた、日曜の深夜に聞くにはぴったりなしっとりとした感じがよくなってきたのだ。まさに、日曜深夜効果による功績が大きいところだ。よし『東京ライフ』を買おう、と決めた。

ついにKANさんがラジオで言っていた発売日がやってきた。発売日の当日だったか、翌日だったかよく覚えていないが、私は駅前のCDショップに勇んで出かけた。店のドアを押し、一直線にシングルコーナーの「か」のところに行って探してみる。ん・・・ない。何度見返しても、ない。仕方ないか。アタヤン以外では聞いたことない歌手だし、アタヤンは北海道のラジオ局の番組で、北海道から1,000kmも離れた田舎町のCD屋に置いてるわけないか。あきらめかけていたが、CDを買うための千円はここにある。ただ、さあ買ってやるぞと、使うことを決めた千円を使わないで帰るのは、上げたこぶしをどこに下したらいいのやら、の心境でどうにも店を立ち去りがたかった。

「す、すみません。KANの『東京ライフ』って曲のCD、ありますか?」
かなり悩んだ挙句、どうしてもあきらめきれなかった私は、背の高い、今思えば建物探訪でおなじみの渡辺篤史さんに似た店員さんに声をかけていた。30代くらいの、その店員さんはレジの奥に一度消えると、しばらく出てこなかったが、何かを持って私のほうに戻ってきた。
「はい、KANの『東京ライフ』だね。」
とニコリと笑顔でCDを渡してくれた。
店員さんはCDシングルの青くほの暗いバックにあぐらをかくKANさんのジャケットを見ながらレジを打ちつつ、ひとこと。
「兄ちゃん、渋いね。」

これが、私がはじめてお小遣いで買ったCDの想い出だった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?