鉄塔店主

音楽と旅好き。 メインで聴くのはクラシックながら、書くのはJ-POPやらAORやら80…

鉄塔店主

音楽と旅好き。 メインで聴くのはクラシックながら、書くのはJ-POPやらAORやら80年代アイドルやら。 ときどき旅やその他徒然で綴っていきます。 投稿してから、てにをはがおかしかったり、書き加えたいことがあったときは、ちょこちょこ微修正するかも💦

最近の記事

KANさん、差し入れの話

今日は3月18日。KANさんがメッケル憩室がんを公表したのがちょうど1年前の今日だった。それはKANさんの公式サイトで発表され、その日のうちにいくつものメディアで報じられた。そして日が変わって3月19日の午前0時からのSTVラジオ『KANのロックボンソワ』で、KANさん自身が詳細に、かつ冷静に病気のことを語った。 あれから1年。いまはもう、KANさんはいない。私は、KANさんのこととは関係はないけれど、この1年でいろいろなことがあって、仕事への向き合い方が大きく変わった。つ

    • KANさん、夢の話

      最近、変な夢をみる。覚えている夢もあれば、そうでない夢もある。昨夜などは2本立てで、1本目はひどい悪夢で、目が覚めて、これはもう眠れない、と思って必死で寝ようとして、意外とあっけなく眠れた。2本目は転職をする夢。経験のある仕事に就くのだが、全然知らない街の、聞いたことのない会社。採用されて、同僚らしき人からオリエンテーションを受けるのだが、あなたが最初聞いていた会社名は通称なので、正式名称は別にある、とかよくわからない話をされて、詳しい話は別の建物で、と言われ、街を歩き、歩道

      • KANさんに見る男のムジュン

        KANさんがいなくなってから、KANさんのことを考えることが多くなった。以前にも書いたが、私がはじめて自分のお小遣いで買ったのがKANさんの「東京ライフ」で、それから「愛は勝つ」が大ヒットして、アルバム「TOKYO MAN」の頃には、当時の若かった自分の感受性とKANさんのその先を行く感性が乖離して、長い間ファンから離れていた。戻ってきたのは、KANさんがいなくなるちょうど1年前、STVラジオの「KANのロックボンソワ」という番組だった。 どうして、こんな長い間、具体的には

        • KAN「君が好き胸が痛い」における「GIRL TO LOVE」の主題を考える

          アルバム「ゆっくり風呂につかりたい」以来、買っていなかったKANさんの楽曲。昨年11月にKANさんがいなくなってから、いるうちに買っておけばよかった、と思い、少しずつアルバムを買いはじめている。亡くなる直前に、本人がサブスク解禁を決断したという話は知っていたが、むかしながらにCDを買うことが、KANさんの追悼というか、カタチがないと不安な昔ながらのファンのあり方かな、なんて思い、CDを買うことにした。 最初に買ったCDは、「弾き語りばったり #19 今ここでエンジンさえ掛か

        KANさん、差し入れの話

          『KANのロックボンソワ』第931回(2022年11月5日)~KANさん自身による提供曲特集を聴いて

          バックアップしている「KANのロックボンソワ」を少しずつ聴きなおしている。1年以上前なので、ほとんど覚えていなくて、初めて聴くみたいに新鮮。記憶力悪くなったというか、年取ったというか💦 聴きなおした内容をなんでもここで報告するつもりはないけれど、聴いていて「いいな」と思ったところは、ときどき共有できればと思っている。 この日(2022年11月5日(土))の放送は、『提供楽曲特集Part2』と題して、KANさんが他のアーティストに提供した楽曲の紹介。「ロックボンソワ」では、以

          『KANのロックボンソワ』第931回(2022年11月5日)~KANさん自身による提供曲特集を聴いて

          『KANのロックボンソワ』第928回(2022年10月15日)を聴いて

          KANさんがSTVラジオの『KANのロックボンソワ』に最後に出演したのが2023年10月7日の放送。亡くなったのが11月12日だから、そのおよそ1か月前ということになる。 私が、久しぶりにKANさんのラジオを聴き始めたのはいつかな?と思い、記憶を辿ってみた。なんとなく亡くなる1年ほど前という意識はあったのだが、改めてPCのバックアップを確認すると、2022年10月15日だった。本当に、丸1年前だった。短かったな…もっと聴いていたかったな。そのバックアップを改めて聴いてみた。

          『KANのロックボンソワ』第928回(2022年10月15日)を聴いて

          余命3カ月~ドラマ『今朝の秋』をみて

          私が子どもの頃、我が家はあまりテレビを見せてくれない家だった。中学生くらいまで、テレビは父親がチャンネル権を握っていて、基本的にチャンネルはNHK固定。NHKであれば、大体見せてはくれたが、無駄には見せてくれなくて、ニュース、NHK特集(ドキュメンタリー番組)、クイズ番組くらい。ただ、次第に緩くなって、小学生高学年の頃には朝ドラ、銀河テレビ小説くらいは見せてくれていた。ただ、大河ドラマは「史実ではない」という理由で、見せてくれなかった。それでいて、NHKの受信料は断固として払

          余命3カ月~ドラマ『今朝の秋』をみて

          ハンドルネーム「鉄塔店主」の由来について

          ハンドルネームの「鉄塔店主」は、ドイツの指揮者クラウス・テンシュテット(1926-1998)の演奏にインスパイアされ、その名をもじったものです。 もともとは「てんしゅてっと」とPCで打ち込むと、「店主手っと」などと変換されることから、「店主鉄塔」などと書いていたのですが、あまりにもひねりがないので、「店主」と「鉄塔」を入れ替えて、「鉄塔店主」としたわけです。まあ、いずれにせよ、大したひねりはないです💦 なので、電線関係の仕事をしているわけでもなければ、店主と呼べるような店を

          ハンドルネーム「鉄塔店主」の由来について

          「KANさんの想い出」に寄せて

          年末年始の、少し時間の取れる期間に、自分なりの「KANさんの想い出」を書き綴ってみた。最初は、何回になるかわからなかったけれど、結果的に10回ということになった。個人的な思い出話ばかりだが、ある程度まとまって書くことができて、自己満足している。 11月にKANさんが亡くなってから、これまで聴いたことのなかったファーストアルバム『テレビの中に』と『TOKYOMAN』以降の作品を、少しずつ 聴き始めている。そして、録音したラジオを聴き返してみたり。 今、聴いているのはフランス

          「KANさんの想い出」に寄せて

          KANさんの想い出〜⑩KANさんの遺したもの【完】

          KANさんが亡くなってから、約一か月経った12月16日、大阪のFM局・FM CoCoLoで、「KAN 1DAY SPECIAL “Our Favorite Songwriter”」という、スペシャルなデイがあった。朝6時から夜の23時まで、KANさんにゆかりのあるミュージシャンたちのコメントを紹介しながら、KANさんの曲や馴染みのある曲ばかり流す、というスペシャルな日。私は、この日、以下のようなリクエストをした。 「中学生のころ、初めて自分のおこづかいで買ったのが、KANさ

          KANさんの想い出〜⑩KANさんの遺したもの【完】

          KANさんの想い出~⑨けやき通りってドコ?!

          2023年11月17日金曜日の午前11時過ぎ、私は自宅最寄り駅の上りホームにいた。九州に向かうため、羽田空港に向かうところだった。旅支度が早く終わったので、1本早い電車に乗れると思って、早めに家を出たのだ。 そのとき、スマートホンが短く震えた。 「【速報】「愛は勝つ」KANさん死去、61歳 今年3月にメッケル憩室がん公表」 言葉を失うとは、このことだった。信じられなかった。先月10月7日も「ロックボンソワ」には出演したはず。しかも、その時は、 ・これまで治療に専念するため

          KANさんの想い出~⑨けやき通りってドコ?!

          KANさんの想い出~⑧言えずのI LOVE YOU

          KANさんが、3月18日の放送で、自分の言葉で癌であることを発表してから、「KANのロックボンソワ」はしばらく、4月8日までは以前のとおりの放送が続いた。「ま、KANさんだったら大丈夫、っていう風にみんなが思っていてくれることがとても大きなエネルギーになる、と思ってます。」というKANさんの言葉をそのまま受け取って、KANさんのことだから大丈夫、と思っていた私は、すべては順調に進んでいるのだろう、と掛け値なしで思っていた。 4月8日の放送が終わると、翌週からは代パー(代打パ

          KANさんの想い出~⑧言えずのI LOVE YOU

          KANさんの想い出~⑦ロックボンソワとコロナ

          「KANのロックボンソワ」を聴き始めて2か月経たない頃、こんなことがあった。2022年12月3日深夜の放送、いつもはKANさんの声で始まる番組が、女性の声、正確にはSTVラジオの内山佳子アナウンサーの声で始まった。なんと、KANさんは新型コロナに罹患してしまい、番組に出られなくなってしまったとのこと。番組の本編は、SING LIKE TALKINGの佐藤竹善さんをゲストに迎えた事前録音の準備があったので、それを無編集で放送することになり、オープニング以外はKANさんの声が聞こ

          KANさんの想い出~⑦ロックボンソワとコロナ

          KANさんの想い出~⑥ロックボンソワでの再会

          ※本稿をほぼ書き終えたのち、石川県能登地方を震源とする地震が発生しました。震源地に近い皆様におかれましては、今後も余震の発生が予想されていることから、引き続き警戒していただくようお願い申し上げます。また、大きな被害がないことをお祈りするとともに、被災された方々にお見舞い申し上げます。 KANさんに久しぶりに再会することになった。とはいっても、もちろん直接会ったわけではなくて、ラジオを通じてのこと(①同様・・・)。STVラジオを聴くのも、本当に懐かしい。でも、ロゴが変わってい

          KANさんの想い出~⑥ロックボンソワでの再会

          KANさんの想い出~⑤ふとKANさんを思い出す

          昨晩、STVラジオで「KANのロックボンソワ 追悼番組 〜よければ一緒に〜」が放送された。番組を聴きながら、私はKANさんの番組の最初期(日曜時代のアタヤン)と、最後(ロックボンソワのラスト一年)を知っているだけで、間の30年以上は何にも知らないな…と改めて、REGRETSしているところ… さて、今回はKANさんから少し話がそれてしまいますが、どうしてKANさんを思い出したか、という話。 私が、KANさんの曲を聴かなくなってから、30年ほどが過ぎた。 その間、私もそれなり

          KANさんの想い出~⑤ふとKANさんを思い出す

          KANさんの想い出~④『愛は勝つ』後の転機

          ひょんなことからクラスの女子に『野球選手が夢だった』を貸すことになって以来、『愛は勝つ』は赤丸急上昇でどんどん売れていった。その年のクリスマスシーズンには、辛島美登里の『サイレント・イヴ』と毎週のようにデッドヒートを繰り広げるFMラジオのランキング番組を、受験勉強をしながら聴いていた記憶がある。そして、その歌い手であるKANさんも、当然有名人になっていった。 バラエティ番組に出演して有名な女性お笑い芸人が組むユニットに楽曲を提供したり、笑っていいとも!のテレフォンショッキン

          KANさんの想い出~④『愛は勝つ』後の転機