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人が人であるために

朝4時57分に目が覚めた。たまおに頭を噛まれたからだ。普段はもっと穏やかに目が覚めるのに、今日は神経がぴりついてんのか単に腹が減りすぎてるのかわからんが、容赦無く頭にかぶりつき最悪の目覚めをプレゼントされた。あまりの痛みから反射的にたまおをねじ伏せてしまいぐにゃあっと悲鳴。5秒後、自分の動物的衝動に引いて我にかえった。

ひとまず今日朝起きていちばんにすることは原稿の続きと今日中に送る質問案を作成することだったのに、わたしはなぜか去年まで住んでいた大磯の景色を頭におもい浮かべていた。寝室のベランダから見える雄大な山々、静かな朝、小鳥の囀り、白岩神社の桜並木。自分の記憶が正しいのか照らし合わせるためにgoogle photoをひらく。ひらいたら延々と見てしまって目がギンギンになっちゃって、懐かしいのに悲しくてたまらない気持ちになって喉がどんどんつまってきた。ひとまず2週間ためたペットボトルを捨てに行ったら朝陽が痛いくらいに眩しくてさっきまでの時間を責められてるような気がした。暖房を切ってたまおを抱えながら布団に入った。

ネット回線の調子が悪かったので業者を呼んだ。ネットの回線業者というよりかは、不動産屋っぽい見た目の人が来た。髪が濡れてて眉毛がきれいスッキリととのって死んだ鳥みたいな目をしてる。あんまり猫は好きじゃなさそうだった。わたしは業者の人と家でふたりきりになるのがいつもこわい。それに作業してる間わたしはどういう佇まいをしていればいいのかわからなくなる。普通に仕事をしてるのもなんだか失礼な気がしたのでパソコンの前に座って箸をけずってみた。木の箸をカッターでけずると丸くなった黒い破片が机の上に散らばっていく。作業をしてる間業者は何度もため息をこぼしていた。この狭い1Kで見ず知らずの男女ふたり、おたがい酸欠で死ななくてよかった。

業者が帰ってTVをつけると震災の特集番組がやっていた。どのチャンネルもほとんどそうだ。みんな2011年の3月11日の記憶だけはよく覚えているのに、その前の日のことは覚えていない人が多い。小川哲さんの『君が手にするはずだった黄金について』で書かれていた科白をおもいだす。

14時46分。わたしは中継に写っている気仙沼の人たちといっしょに黙祷をした。

その後まつ毛のパーマをするために電車に乗って池の上へ向かった。下北沢駅は相変わらず若者と外国人とバンドマンでごった返していて安心する。鼠色の空は今にも落ちてきそう。京王線の線路沿いの細道をひたすら歩き駅まで行く。

前回まつパをしたのはクリスマスの数日前で、クリスマスデートが急遽決まったわたしは慌てて予約したのだった。

まつげサロンは店舗というより、細長い一軒家の一室である。白い鉄の扉がひらくとお姉さんはいつも通り太陽のような黄色い笑顔で迎えてくれた。席に着いてわたしの顔を見るなり、まつ毛ちょっと伸びましたねえ。長い子がちらほら育ってますよおと、まつ毛の育ち具合を褒めてくれた。うれしい。11000円の美容液を使ってるだけある。

施術されてる間、最近観た映画についてやマッチングアプリの話、わたしが派遣の面接に落ちまくっている話とかもした。なぜか最終的にはまた恋愛の話に落ちついて、お姉さんの結婚の経緯や旦那さんとの馴れ初めをきいた。

「わたしノリと勢いで結婚しちゃったかんじなんですよね。結婚も別に興味なかったし、子供もほしいとか思ったことなかったんですけど、今の旦那と出会って、あっ、この人だって」

「へえーすごい。いいですね、わたしなんてもう1度失敗しちゃってるんでたぶん次するとしたら慎重になっちゃいそうです。慎重になりすぎてたぶんできないとおもいます」

「えー、でも別に結婚にこだわる必要もないんじゃないですかあ。結婚が人生のすべてじゃないし」

離婚した当初は、結婚はもう2度としなくていいやあなんて言ってたし今でもそう思ってるつもりなんだけど、やっぱり人の話を聞いてると結婚って悪くないよなあむしろいいと感じてしまう。でも実際にはつらかった記憶とたのしかった記憶が断片的にばっ、ばっ、ばっ、と視力検査みたいに蘇ってきてほんとうは自分がどうしたいのかよくわからなくなる。実はまだ心のどこかで「結婚」に幻想的なものを抱いているのかなあと考えたりなんかして。

施術が終わり、渡された手鏡にはいきいきと天に向かったまつげが写しだされていた。2時間前まではあんなへたっていたのに、まるで命を吹き込まれたようなかんじ。

すぐに家に帰りたくなくて下北沢をふらふらした。いつも通る怪しいクレープ屋を横目に、一番街商店街まで歩いた。ずっと食べたかったスパイスラーメンの店に入った。客はわたし以外全員白人の外国人だった。ラーメンは美味しかったし揚げてあるごぼうもすごく美味かった。店を出て知り合いの古着屋に寄ろうとおもったけど、あきらめて電車にのった。駅前の薬局でティッシュとトイレットペーパーとアイラインを買った。この時、なぜか自分がひとり暮らしであることを実感した。

家に帰って台所のシンクを見渡すとひじきが大量に散らばっていて、うわなんだこれ。ひじきなんか食ったっけとお昼に食べたものをおもいかえしてみると、けずった箸の破片だった。
たまおにご飯をあげて横になってぼーっとして、自分の過去の前向きな発言とか、気分良くなって人にアドバイスしてたときの自分をおもいだして死にたくなってまあ人生こんなもんかと、Twitterに弱音を吐いたりして今この日記を書いている。明日はもうちょっと気分があがってほしい。

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