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マスクをしていない人は帰ってください

とある休日のこと。今晩は外で夕飯を済まそうか、と夫とごはん屋さんへ行くことに。
胃に優しいものが食べたいと思ったので、以前バイトの面接帰りにふらっと立ち寄った和食屋さんへ向かった。

そこのお店はご飯を土鍋で炊いているので、お米はモチっとした食感でふっくらしている。おかずも塩分控えめという感じで優しい味わい。

店主の女性も「よかったら次は旦那さんといらしてください」と言ってくれたので、絶対にまた来ようと、Googleマップにお気に入りのピンを立てていた。

開店までまだしばらく時間があったので、周辺を散策してから向かうことにした。

20分ほど街を歩き回るとあっという間に開店時間になった。店の前まで足を運ぶと、魚の香ばしい香りが漂う。

「もう時間だし入ってみようか」と、お店の暖簾をくぐると、カウンターのなかには店主の女性と男性がいた。

ふたりはなぜか驚いた顔でこちらを見ている。

「あ、あのふたりですけどいけますか?」
「ご飯ですか?」
「はいそうですけど」と答えると、女性と男性は顔を見合わせた。

「あーごめんなさい。うちは無理です」
まさかの入店拒否?

夫の顔をじっと見つめた男性店主は強めの口調でこう言った。

「マスクしない人はうちの店入れないんで」

「すみません、今外を散歩してて……」と夫が慌ててマスクをつけはじめると、いや、ごめんなさいもう無理です、と店主。

「あの、マスクしない人は無理なんで」
「え、でも今つけましたよ」
「マスクをつけてない人は普段どういう風に過ごされてるかわからないのでお断りしてるんです」

わたしはとっととこの場を去りたく(そうですよね、すみませんでした〜)と蚊の鳴くような声でつぶやき、夫の腕を強引に引いて店を出ようとする。しかし夫はなぜかまだ抵抗を続けていた。

「いや、普段はつけて生活してます」
「そういう問題じゃないんで」

うん、そういう問題ではなさそうだ。彼らはマスクをつけない人間とは極力関わりたくないのだ。

「え、でも」
「ごめんなさいけど帰ってください!」と、とうとう押し返されて、わたしたちは店を後にした。

マスクをしていないことでお店に入れなかったのも衝撃だったが(しかもつけたのに)あれだけ強い口調で拒否られているのに、食い下がり続ける夫にも衝撃をうけた。

「なんで諦めなかったの?気まずいじゃん」
「いや、だって食べたかったから。ももちゃん美味しいって言ってたし、あんなに美味そうな匂い嗅がされたらこっちだって無理でしょ」
「あんなこと言われたら食欲失せるけど」
「全然。なんならもう一回行ってみる?」

彼の食い意地が異常なことを忘れていた。あれから数日経ったが「絶対に客を入れたくない店主VS絶対に店に入りたい客」の構図がいまでも頭から離れない。

コロナ禍が終わったら、あの店はどうなっているのだろうか。気になるけど怖いからもう行くことはないと思う。夫にかんしては、わからないが。

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