ぱんだ先生に聞いてみよう第17話 家族の絆 完結

真っ黒な空間に落ちていくと、
頭の中に指でパッチンと鳴らした音が
響いた。


一瞬で真っ黒から真っ白な空間に
様がわりした。


目を開けていられないくらいの
眩しい光に包まれた。



瞼をゆっくりと開けると、
そこは、ひなたのいつもの自分の部屋。

ベッドの上じゃなく、ラグマットの上に
うつ伏せに寝ていた。

体を起こして、ぱんだ先生が座っていた
椅子に真似をしてクルクルとまわってみた。


もうあのふくよかなクッションの
ぱんだ先生はいない。


1人で過ごす部屋は、
ものすごく静かで、外で鳴くカラスの声が
ダイレクトで耳に入ってくる。

窓も開けていないのに寒かった。


ひなたは、窓をカラカラと開けて、
外を見た。


公園近くにある時計は5時の数字に
針をさしていた。

薄暗く、もやがかかっていた。

通りかかった朝のジョギングをする中年女性と犬の散歩をする年老いた男性が
歩いていた。


両肩に手を置いて、ギュと自分の体を
抱きしめて暖を取った。


寒すぎて、身震いがした。


こんな朝早く起きたことがない。


東の空を見渡すと、煌々と朝日が
のぼっていた。



その光を見てひなたは、


「まぁ、なんとかなるか。
 いつかは自立しなくちゃ
 いけないからな。
 それが早いか遅いかってことっしょ。」


 頬を両手でバシバシ叩いて気合いを
 入れた。




*****


 ぱんだ先生と別れてから、
 約7年の月日が経とうとしていた。


 ひなたは、灰色の甚平を羽織り、
 後頭部にウサギのお面をつけて、
 右手にはリンゴ飴、
 左手にはコットンキャンデーと
 書かれた入れ物を持っていた。
 
「ねぇねぇ!!お父さん。
 僕、これしたい!!」

「えー、もうこんなにお菓子買ったのに、
 まだ何かするの?」

 地元の神社での夏祭りに家族で来ていた。

 ひなたは結婚して、子どもができていた。
 その結婚相手は、高校の同窓会で会った
 同級生の花と再会して、意気投合して、
 いつの間にか交際に発展していた。

 1番最初に告白して、断られた
 あの花だった。

 本当は交際するのが恥ずかしくて、
 イエスと言えなかったようだ。
 
 あとから柚葉と付き合うのを見ていて、
 嫉妬していたらしい。

 告白されて、
 違う彼女と付き合うのを見てから
 ずっとひなたに片想いしていたらしい。

 その話を聞いて、
 なぜだかきゅんと感じたひなただった。

 交際期間経て、結婚となり、
 親子水入らずでお祭りに来ていた。

 子どもは、4歳の男の子だった。


 「ほらほら!!
  これこれ。射的とくじ引きするのー。」

 ひなたは隆聖《りゅうせい》に腕を引っ張られて、出店の前にやってきた。

 エプロンを羽織り、
 額にタオルを巻いた男性が
 店番をしていた。

「ほい、いらっしゃいませ。
 どれになさいますか?」

 その言葉を発したひなたは、絶句した。
 
 背格好や顔、話し方が全部、
 亡くなったひなたの父にそっくりだった。

 「あ、あの〜、俺のことわかりますか?」
 
 「お父さん、どうしたの?」
 
 「隆聖、ごめんな、ちょっと待ってな。」

 「ん?お客さん。
  ちょっと、存じ上げませんね。
  どちらさまですか?」

 その言葉にひなたは何も言えなくなった。


「い、いえ、なんでもないです。
 俺の勘違いですね。
 ごめんなさい。
 そしたら、その射的とくじ引き
 お願いします。」

「?
 はいよぉ。
 全部で600円ね。」

「これでお願いします。」

 ひなたは、財布から1000円取り出して、
 お釣りの400円を受けとった。

「毎度あり。
 さぁさぁ、ぼく、射的は初めてかい?」

「う、うん。
 おじちゃん。
 どうやるの?」

「そしたらな、これはこうして、
 こうするんだ。
 ほら、打ってみな。」

 コルクを銃口に詰めて、
 お菓子の箱を狙って打ってみた。
 狙いが外れたようで、
 全然当たってなかった。

「惜しいな。
 難しいな、隆聖。
 お父さん代わりにやるか?」

「やだ。ぼく、もう1回がんばる。」

「そうそう、まだあと4回はできるかな。
 がんばって。」

 お店のおじちゃんは優しく
 応援してくれた。

 神社の出店はたくさんのお客さんで
 いっぱいだった。

 様子が気になった
 通りかかった知らないおじさんも
 足をとめて射的があたるのかと
 覗いていた。

「うーん、結構難しい。
 あと1回は、お父さんやってよ。」

「あ、うん。
 わかったよ。」

 急に出番になったひなた。
 静かに見ていた花は、ひなたが持っていた
 荷物を全部預かった。

「お父さん、頑張って。
 腕の見せ所。」

「ああ。」

 花にガッツポーズをして見せた。

 最後のコルクを狙ったひなたは
 割と大きな20センチくらいの
 お菓子のチョコの箱にバッチリ当たった。

「やった。当たったぞ。
 よかったな、隆聖。」

「うん、お父さんありがとう。」

「はい、当たったからこのお菓子ね。」

 ダミーのお菓子と同じパッケージの
 チョコを手渡された。

「ありがとうございます!」

 隆聖は丁寧に挨拶して、受け取った。

「あ、僕、あと、もう一つ。
 くじ引き忘れているよ?」

「あー、そうだった。
 お父さん、一緒にしよう。
 全部で3回だから、
 お母さんも参加ね。」

「えー?」

 3人はひなた、花、隆聖の順番に
 三角形のくじ引きを引いた。
 
 ひなたと花は、ハズレと大きく
 書かれていた。

「うわぁ、外れちゃった。」

「私も。残念。」

「わ、わ、わ、
 嘘でしょう。
 僕当たってる。」

 隆聖は大当たりと書かれたくじを見て、
 大層喜んでいた。
 当たったご褒美は、
 吹き流しとけん玉、紙風船、
 竹とんぼと昔ながらのおもちゃが
 入った袋だった。

「すごい。たくさんおもちゃ入ってるよ。
 面白いね、お父さん。」

「よかったな。
 そろそろ帰るか。
 んじゃ、ありがとうございました。」

「はいよぉ。
 ありがとうございました!」

 お店をおじちゃんは笑顔で手を振って
 見送ってくれた。

 パイプ椅子から立ち上がったおじさんの
 ズボンのポケットには、
 ぱんだ先生にはお馴染みの虹色でできた
 吹き流しが差し込んであった。

 

「お父さん、楽しかったね。
 また来ようね。」


「そうだな。」


「次はひなたが景品とれるといいね。」

 
 花が笑顔で隆聖に言う。

「うん!!」

 ひなたの左手には隆聖の右手が、
 花の右手には、隆聖の左手があった。
 

 その仲睦まじい家族の姿を見て、
 射的のおじさんは、いつの間にか
 透明人間のように姿を消していた。


 お店の後ろの棚には大きなぱんだの
 ぬいぐるみが飾られていた。



【 完 】
 

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?