流行の店「pandémie」

 異常な人気を誇るケーキ屋の噂を聞いた。S町では誰も彼もがそのケーキ屋に通っており食べない日は無いというのだ。しかし、ネットでの評判はさして高いものではなく、食べログの評価は一件だけ自作自演らしいコメントがついているだけの3.01点である。これは現地で確かめてみる必要がある。
 閑静な住宅街の中に佇むケーキ屋「pandémie」は瀟洒なたたずまいを見せていた。店内は開放的で明るい作りになっているが、噂と違って店内には一人も客がいなかった。笑顔がチャーミングな店員さんにおススメのケーキを尋ねるとショートケーキだという。シンプルなイチゴのショートケーキだ。もう季節は夏を迎えようとしているのにイチゴの旬でもないだろう。あるいはクリームやスポンジが自慢なのかもしれない。一つ頼んでテラス席につくとほどなくイチゴのショートケーキが運ばれてきた。近くで見てもやはり何の変哲も無い。しかし、先端部にナイフを入れようとした瞬間スポンジに挟まれていたイチゴがくるりと半回転し目玉が現れたと思うとナイフを避けて飛び上がり腕にケーキが噛み付いてきたのだ。痛い!骨まで達しようかという歯の感覚が腕を襲う。持っていたナイフを何度も突き刺すと血まみれになったケーキはぎしぎしと奇妙な鳴き声を上げてショーケースの奥へ逃げて行った。なんだったんだ。あのケーキもどきは。店員に向かって「病院と!それから警察にも連絡を!」と振り返ったが彼女は入店した時と全く同じ微笑をたたえたままゆっくりこちらに歩いてくる。そうか、店員に言ったところで仕方がなかった。グルだ。手が届く範囲にまで彼女は近づくとゆっくり区切るような発音で喋り始めた。
  
「お・ま・え・も・ケ・ー・キ・に・な・る・ん・だ・よ」

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