シナリオ・センターに通ってた頃の宿題その2
宿題テーマ:脚色
脚色(赤い屋根より) タイトル:シシーと死神
<登場人物>
アンドラーシ(54) 最後のオーストリア=ハンガリー外相
エリザベート(60)オーストリア=ハンガリー皇后
男(?)死神
フランツ・ヨーゼフ一世(38)オーストリア=ハンガリー二重帝国皇帝
ルイジ・ルケーニ(25)無政府主義者
父アンドラーシ(45) ハンガリー貴族
馬車の運転手
○ ハンガリー、首相官邸(朝)
T一九一四年九月十日。
アンドラーシ(54)は、書斎で物思いにふけっている。
机の上には若い頃のエリザベートの写真が飾られている。
アンドラーシ「死んで十六年になるのか。生きていればこんなことにはならなかったのかも知れないのに……」
〇(以下回想)オーストリア、シェーンブルグ宮殿、パーティー会場
T一八六八年。
大勢の貴族たちが、豪華な衣装を纏い、立食している。
アンドラーシ(8)は、父アンドラーシ(45)に手を引かれている。
エリザベート(30)が目の前に近づいてくる。
エリザベート「この度は嬉しく思います」
父アンドラーシ「私もです。皇后陛下。オーストリアとハンガリーが一つだとは夢のようです」
笑顔でアンドラーシに微笑みかけるエリザベート。アンドラーシは目を背ける。
エリザベート「あなたのお子様、お可愛いですわね。では、私はこれで。楽しんでいって下さい。あなたが主役のようなものですから」
遠くでは、エリザベートの夫、皇帝フランツ・ヨーゼフ一世(38)が大勢に囲まれているが、エリザベートは全く逆のほうに歩いていく。
アンドラーシ「パパ、今のきれいな人だれ?」
アンドラーシの頬は少し赤く染まっている。
父アンドラーシ「皇后様だよ。あの人のおかげで今のパパもあるんだから」
〇オーストリア、シェーンブルグ宮殿、廊下。
男とエリザベートが話をしている。
エリザベート「私を外に連れ出してください」
男「私はあなたを外に連れ出すことは出来ない」
エリザベート「もう、私はここでの生活は限界です」
目に涙をため、うつむくエリザベート。
父アンドラーシの声「こら、どこへ行くんだ?」
廊下を楽しそうに走るアンドラーシが、エリザベートと男を目撃し、慌てて廊下を引き返す。
父アンドラーシの声「走ったらダメだぞ。パパが怒られるんだからな」
沈黙の空気が流れる男とエリザベート。
男「とにかく、私とあなたの関係が皇帝陛下にばれてはまずい。もう会わないほうがいい」
エリザベート「そ、そんな……」
エリザベートの前から立ち去る男。追いかけようと足を踏み出すエリザベート。
侍従の声「皇后様、どちらにおられますか?」
エリザベート「すぐに参ります」
後ろを振り返り返事をしつつ、すぐに前を見て、目線は男を追いかけている。
エリザベートは深くため息をついて、パーティー会場に戻る。
〇街中を走る馬車。T十数年後……。
〇馬車の中。
エリザベート(40)は、せわしなく窓から外を眺めている。
エリザベート「もっと速く走れないの!」
馬に鞭を入れる音が車内に響く。
馬車がさらに速くなり車内が揺れる。
思わず壁にぶつかるエリザベート。
運転手の声「お、お怪我はありませんか?」
エリザベート「私のことは大丈夫ですから、とにかく急ぎなさい!」
〇とある街中、店の前。
街中を馬車は走っていく。
ほどなくして、一軒の店の前で馬車は止まる。
運転手がドアを開け、中からエリザベートが現れる。
エリザベートに気づいた人々は口々に何か言っている。
店の中に入るエリザベート。
〇とある店の店内。
エリザベートが店内に入ってくる。
エリザベートの視線の先には、カウンターのようなところで酒を飲んでいる男がいる。
エリザベート「やっと見つけましたわ。何十年もあなたを探して、私はヨーロッパ中を旅してきました。そしてやっと見つけた」
酒を飲んでいた男は、エリザベートに気づき振り返る。
それを見てエリザベートは驚く。
エリザベート「私はこんなに変わってしまったというのに、あなたはあのとき別れたままの姿。これは夢でしょうか? もしかしてあなたは悪魔か何かで?」
男と自分とを見比べるエリザベート。
男「あなたの見ているものは夢ではない。私は悪魔ではない。ただ、似たようなものではある」
意味ありげに微笑む男。
エリザベート「似ている?」
男「信じるも信じないもあなたの勝手だが、私は死神なんだ。私と一緒にいたいというのなら、それは即ちあなた自身の死を意味する。それでもいいというのか?」
エリザベート「それでも私は構わない!」
男「死を受け入れると言うのか。だが、まだあなたには見ておかなければいけないことがたくさんある。決してそれからでも遅くはない」
エリザベート「そんなの私には残酷すぎます」
男「それがあなたに課せられた運命というものです」
エリザベート「いつまで耐えればいいのですか?」
男「定められた運命といえど、そこまでは言うことは出来ません。では、こうしましょう。一年に一度九月十日に会う。私と出会えればまだ生かされるということになるでしょう?」
エリザベートは俯きながら頷く。
エリザベート「私はいつかの九月十日に死ぬのですね」
男は何も答えない。ただエリザベートをそっと抱き寄せるだけの男。
〇とある街中。(夜)
T一八八九年、一〇度目の九月十日。
向き合っているエリザベートと男。
エリザベート「あの日からもう十年。私はどれくらいの不幸を見てきたでしょうか? 私の息子が自殺しました」
男「知っています」
エリザベート「そうでした。あなたは……」
男「エリザベート、なぜ君はそんなに今の境遇を嘆く?」
エリザベート「環境には非常に恵まれているのでしょう。けれど、私には合いません。もっと自由を、もっと自由をと我が身が嘆くのです」
悲しげな表情で男を見つめるエリザベート。
男「あなたがいなくなっては、皇帝陛下が悲しんでしまうではありませんか?」
エリザベート「あの方はハプスブルグ家の皇帝。私がいなくなったところで、また新しい方がすぐいらっしゃいますわ」
黙ってそれを聞く男。
エリザベート「今になって、忘れていたものが……」
涙を流すエリザベート。優しく胸にエリザベートを抱き寄せる男。
〇スイス、レマン湖畔。
T一八九八年、九月十日。
散歩するエリザベート(60)を木陰から窺うルイジ・ルケーニ(25)
エリザベート「(小声で)今年で二十度目。今年もあの方はお見えになるのかしら」
湖岸から遠くを眺めるエリザベート。そして来た道を引き返す。
反対側から歩いてくるルケーニと視線が合い、その瞬間ぶつかる。
ルケーニ「すみません。僕の不注意で……」
走り去っていくルケーニ。残されたエリザベートの腹にはナイフが刺さり、瀕死のエリザベートの傍に死神と書かれた便箋が落ちている。
木陰から男が現れ、エリザベートの元に駆け寄る。男の顔を見てエリザベートは呟く。
エリザベート「今日、だったのですね……。もう、こんなに年老いてしまった……」
男「いや、あなたは幸せだ。これから、この国に起こることを知らずに済むのですから」
微笑む男を見て、目を閉じるエリザベート。(回想終わり。)
〇F・O、T一九一四年第一次世界大戦勃発。
〇ハンガリー、首相官邸(朝)
アンドラーシはエリザベートの写真
を悲しい顔で眺めている。
アンドラーシ「あなたが死んでから、皇帝は悲しみ、国は戦いを始めました。全ては、死神の思い通りというのでしょうか……」
end
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