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5/8 『火喰鳥を、喰う』を読んだ

舞台は信州中南部。ということは木曽か? いや伊那の方か。まあ広く信州と見れば、奇しくも積読リスト上では3連続で地元と縁のある小説が並んでいたことになる(間にリストに無かった西尾維新が入ってるし、『豊久の女』は主人公の出身地というだけだったが)。なかなかアグレッシブなタイトルに惹かれて購入。初めて読む作家。
呪物めいた大伯父の日記がやってきた瞬間から、ホラー演出マシマシで立て続けに怪現象や怪言動が頻発する。あざといくらいに起きる。なかなか無惨な描写も豊富で、映像で観たらちょっとあんまり直視できなそうなシーンが多い。逆に言うと、文章で結構細かく説明されるので脳裏に思い描きさえしなきゃそんなに怖くなかったのだが、そこは痛し痒しなところだ。不満と言うのも違う気がするし。
モチーフとなっている火喰鳥が、第二次大戦末期にパプアニューギニアで潜伏生活を続けていた大伯父が狩ろうとしていた獲物からという、つまりリアルな生き物のヒクイドリだったのが意外だった。意外って、リアルな生き物以外のヒクイドリがいるのかよと言われると、いるのだ。俺が初めて「ひくいどり」という言葉を知ったのはドラクエのモンスターとしてだったから。だから最初にこの本を見たときも、京極夏彦系の妖怪とか、魔術的なホラーミステリだと思って手にしていたので、意表を突かれたのだった。
だがそれで軌道修正しようと思った矢先、中盤からまさに魔術的と言うべき展開に発展していく。大伯父が生きているという言葉から、認識が現実を侵食して、別の宇宙と入れ替わってしまうなどという話になるとは……実に先が読めない。おまけに怪現象に対抗する霊媒師役の男がまた大丈夫かという感じで怪しくて。怪異に対抗する論理もなんか自分で考案したスピリチュアル的な感じで不安だし、妻との関係も不穏な匂いを消せなくて怪しくて不安。後半は、恐怖というよりその何も信用できない、拠り所の無さで心を揺さぶられ続けていた。
そして結局、怪異が現実を押し切ってしまう……しかし向こうの現実からすれば、こちらこそが自らの現実を脅かす怪異であった。胡蝶の夢というか、ホラーでもミステリでもなく並行世界SFであったというか。火喰鳥とは結局何だったのか? 並行する二つの宇宙を争わせ、敗北した方を食す多次元スカベンジャーだったのか? それとも単に生への執着の象徴というだけだったのか。「火喰鳥を食う」というのが何のメタファーになっていたのか、そこがちょっと定かでないのでは、という気はした。あと、怪現象として家が火事になったり車が炎に包まれたりしていたけど、リアルなヒクイドリに当然火を操る能力はないから、このホラー現象はモンスターの方のひくいどりに寄ってしまっているのではないか。最後のオチでなんか寝取られみたいになっているのも、まあ……マシマシホラー演出の一つと見るべきか。嫌な描写は多くあるが、そこまで後味悪く感じないのは、やはり二つの宇宙同士の生存競争であったという構造のおかげかな。勝負はついたと思われてるけど、70年以上前まで遡って現実を書き換えられるなら、まだ全然チャンスはあると思うんだよな。そんなことを夢に見つつ、面白く読んだ。


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