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『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[046]カケルがハンカ湖から戻る

第2章 フヨの入り江のソグド商人
第8節 フヨに残ったナオト
 
[046] ■1話 カケルがハンカ湖から戻る
 フヨの入り江を出て十日目に、カケルが北のハンカ湖から戻ってきた。
 三日間、この入り江にとどまって風を待ち、舟子を集めてヒダカに戻るという。ヒダカではナオトの姉のカエデが良人おっとの帰りを待っている。十三湊とさみなとの浜を発つとき、「一月ひとつき半で戻る」とカケルが告げていた。
「ここに残ろうと思います」
 思い切って、ナオトが言った。一緒にヒダカには戻らず、西にあるというフヨの陶器の窯場を訪ねてみるつもりだった。そのあとは、ヨーゼフが話してくれた道を辿ってさらに西まで行ってみる。
 それを聞いて、カケルは天を仰いだ。
「とにかく、吾れがヒダカから戻るまではここに留まれ」
 ナオトに言って聞かせ、約束させた後に、「その間の世話を頼む」とハヤテに口添えした。

達者まめでいろよー!」
 口々にそう言いながら、カケルとヒダカの舟子たちは昇りはじめた朝日に向かって舟を漕ぎ出した。いい風が山から沖に向かって吹いている。
 ――この三日間、好き勝手を言って申し訳ないとでも思ったか、ナオトは三人分働いてくれた。舟子たちに厳しいあのタケ兄が感心するほどだった。おかげで、残っていた舟の手入れは思い通りに進んだ。ここにいる舟子たちはみな、それがよくわかっている……。
 左手を口元に当てたカケルが、
「一月半したらここでなぁー!」
 と、ナオトに向かって大声で叫んだ。
 腰まで海にかって舟を押し出した後に、ナオトはハヤテの隣りに立って手を振り、ひと波越えた双胴の舟とヒダカの舟子たちを無言で見送った。

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