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  • 抄録1『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』 第1~第3章

    全217話からなる長編『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』の第1~第3章のうち、これは是非にという話を選び、抄録にしてみました。【000】は全編の目次とあらすじ、【001】~【076】話がそれに続きます。抄録向けとして各話に手を加えることはしていません。

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『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[000]目次とあらすじ

安達智彦 著   目次 【各章の第1話に移動するためのリンク】 第1章 西の海を渡る        全7節_22話 第2章 フヨの入り江のソグド商人  全9節_29話 第3章 羌族のドルジ        全7節_25話 第4章 カケルの取引相手、匈奴   全5節_17話 第5章 モンゴル高原        全9節_33話 第6章 北の鉄窯を巡る旅      全11節_35話 第7章 鉄剣作りに挑む       全6節_22話 第8章 風雲、急を告げる    

    • 『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[217]モンゴル高原を去る

      終章 別れのとき 第4節 草原の別れ [217] ■3話 モンゴル高原を去る           【BC90年8月】  夜露のためか、ナオトは久しぶりに夢を見た。北ヒダカの善知鳥の里にいるはずの母の顔がはっきりと見えた。いつものように、「早く帰って来い、ナオト」と呼んでいる。「かあさん、まだ帰れないよ」と口にしたところで、夢から覚めた。シルが鼻先で顎をつついたのだ。  ナオトは、沙漠の西の外れ、白い雪に覆われたあの高い天山の連なりを南に望む高台の、大きな岩の下の窪みに横た

      • 『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[216]草原を行く

        終章 別れのとき 第4節 草原の別れ [216] ■2話 草原を行く 「お前と初めて会った日、お前の後ろに神様がいると言ったのを覚えているか?」 「ああ、覚えている。何を馬鹿なと、吾れはソグド語で答えた」 「そうだったな。ヒダカに神様はいるのか?」 「ああ、いる。ヒダカの神様はどこにでもいる。もしヒダカ人がみな消え去っても、神様だけはその場にずっと居続ける」 「匈奴にも神様がいる。あそこに見える大きな木は神様だ。戦いの神もいる。だが、一番大事なのは日の神だ。いま後ろの山の上

        • 『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[215]終章4節1話|朝靄《あさもや》 

          終章 別れのとき 第4節 草原の別れ [215] ■1話 朝靄    昨日までの雨が草原の装いを変えた。丘と山を覆う緑は一気に深まり、強い日射しに輝いている。  その朝、夏の牧地はモンゴル高原ではあまり見ないような深い靄に包まれていた。  踏み跡を選んでナオトのゲルまで下りて行き、「おい、起きているか」と声を掛けた。いつも通りの張りのある声で「おおっ」と応じると、戸口のヒツジの皮をそっとめくってナオトが顔を見せた。 「行くか?」  そう言ってエレグゼンは、戦さの疲れから回復

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        • 『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[217]モンゴル高原を去る

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        • 抄録1『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』 第1~第3章
          60本

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          『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[214]エレグゼンの覚悟

          終章 別れのとき 第3節 ヨーゼフとメナヒムの再会 [214] ■4話 エレグゼンの覚悟 「吾れがウリエルのところに預けられたのは、この仕組みのためだったのですか?」 「いや、はじめは違っていた。ヨーゼフの名前が出たとき、もし本当にわしの知るヨーゼフだったらお前を預けようと思い付いた。昔の縁から、ヨーゼフのもとで学ばせようと思ったのだ。深い考えはなかった。  それに、そもそも、ヨーゼフとの取引はまだはじまっていなかった。しかし、いざはじめてみると、その大切さが身に染みてわか

          『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[214]エレグゼンの覚悟

          『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[213]匈奴とフヨとを繋ぐ

          終章 別れのとき 第3節 ヨーゼフとメナヒムの再会 [213] ■3話 匈奴とフヨとを繋ぐ 「ヨーゼフに頼むつもりが、代わってウリエルがお前を預かってくれた。  我ら匈奴の弱みは、戦時にはとくに、食糧を外に頼らなければならないということだ。たとえば、ソグドの商人にだ。いまやお前は、それを他の匈奴よりもよく知る。遊牧の国ならばどこも同じだ。はるか昔、あの冒頓単于の頃でもそうだった。  この国が続く限り、我らはずっと、食糧の不足に悩まされる。それと鉄だ。これなくして、どうやって

          『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[213]匈奴とフヨとを繋ぐ

          『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[212]夏の牧地の外れで三たび会う

          終章 別れのとき 第3節 ヨーゼフとメナヒムの再会 [212] ■2話 夏の牧地の外れで三たび会う  ハミルでの再会の後、ヨーゼフに別れを告げたメナヒム兄弟はジュンガル盆地の西の果ての守りのために遠征した。そして、翌年の春、メナヒムの弟カーイは、烏孫本隊のジュンガル侵攻を防ぐ戦いで戦死した。  弟を亡くしたメナヒムは、その埋葬を終えたところで単于の王庭に呼び寄せられ、左賢王の警護の役に就くことになった。そのために、沙漠を越えて、匈奴の東の地に移ってきた。  夏の牧地に落ち

          『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[212]夏の牧地の外れで三たび会う

          『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[211]ハミルのバザールにて

          終章 別れのとき 第3節 ヨーゼフとメナヒムの再会 [211] ■1話 ハミルのバザールにて  トゥバの家で最後に会ってから、長い時を経て、メナヒムはハミルのバザールで偶然にもヨーゼフと再会する。その事情をエレグゼンに語るために、メナヒムはまず、海を渡ってヒダカに向かった弟の無事をヨーゼフがどうやって知ったかを話すことにした。  いまから二十年ほど前の秋の初め。  モンゴル高原に住むヨーゼフは、海が氷に閉ざされる前にと、匈奴に運ぶ食糧などを仕入れにフヨの入り江まで出向いた

          『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[211]ハミルのバザールにて

          『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[210]メナヒムが回顧する父とヨーゼフの会話

          終章 別れのとき 第2節 メナヒムとヨーゼフの物語 [210] ■3話 メナヒムが回顧する父とヨーゼフの会話 「次の春には九歳になるという頃だった。わしは、その夜、いつものように父とヨーゼフの会話を傍らで黙って聞いていた」  『あれからどうされました?』  と、父が聞いた。  ヨーゼフがどう答えたか、もはやよく覚えてはいない。しかし、後で父に聞いたところでは、ヨーゼフ兄弟は我らと別れた後にそのままハカスに向かい、どうにか辿り着いて、金を掘る仲間に入れてもらったそうだ。  一

          『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[210]メナヒムが回顧する父とヨーゼフの会話

          『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[209]メナヒム一家とヨーゼフ兄弟の出会い

          終章 別れのとき 第2節 メナヒムとヨーゼフの物語 [209] ■2話 メナヒム一家とヨーゼフ兄弟の出会い  ある晩、戸口でガヤガヤと音がして、闇の中から突然、ヨーゼフとダーリオの二人が現れた。西の荒れ地を通ってきたという二人は埃にまみれていた。  わしは寝惚け眼を擦りながら戸口の方を見た。それがヨーゼフを見た最初だ。ロウソクのぼーとした灯の中に髭もじゃの顔が浮かんでいた」 「……」 「ヨーゼフがわしら兄弟に名前を訊くので教えると、自分たち同族の間でよく聞く名だと言った。そ

          『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[209]メナヒム一家とヨーゼフ兄弟の出会い

          『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[208]真相

          終章 別れのとき 第2節 メナヒムとヨーゼフの物語 [208] ■1話 真相 「どうしてもというのならば、吾れの手でやる」  と、エレグゼンがみなの前で口にしてから四日が過ぎていた。  この時季には珍しい小雨の中をメナヒムがエレグゼンのゲルまでやって来た。 「入るぞ、いいか?」  そう声を掛けて戸口のヒツジの皮をめくると、エレグゼンの近くに座った。 「お前に話しておいた方がいいと思うことがある」  ――エレグゼンはナオトを除くことに同意した。ならばわしは、これまでにずっと、

          『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[208]真相

          『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[207]匈奴の友との別れ

          終章 別れのとき 第1節 ナオトの決意 [207] ■3話 匈奴の友との別れ  このままではナオトは殺されてしまう。鉄剣の作り方を知ったからには、メナヒム伯父はきっと生かしてはおかない。逃がさなければと、エレグゼンは密かに考えを固めた。  いつも通りの豪放なふるまいはなんら変わらない。そのような思いを抱いているとは誰も気付いていないだろうと、エレグゼンはそう考えていた。  ――しかし、ザヤに悟られないようにしなければ……。  エレグゼンは、心持ち、ザヤを遠ざけるようになった

          『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[207]匈奴の友との別れ

          『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[206]鋼の秘密を守る

          終章 別れのとき 第1節 ナオトの決意 [206] ■2話 鋼の秘密を守る  そうしたナオトの心のうちを読んでいるかのように、バフティヤールは、火を囲んだ若者の集まりでも、山の端の鉄窯を訪れるときでも、いつもナオトの様子を窺っていた。  バフティヤールの実の父親は、昔あった烏孫との戦いでメナヒムを救おうとして命を落とした二人といない大事な手の者だった。そのためかメナヒムは、血のつながった弟の子のエレグゼンよりも、養子のバフティヤールに目を掛けた。  バフティヤールとエレグゼ

          『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[206]鋼の秘密を守る

          『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[205] 終章 別れのとき

                                     安達智彦 著  【この章の主な登場人物】 ナオト ∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙ 海を越え、匈奴で数年暮らしたヒダカの青年。なお西を目指す エレグゼン ∙∙∙∙∙∙∙ 匈奴の戦士。優れた剣を作り上げたナオトを西に逃がす メナヒム ∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙ 漢に対抗できるよう、鋼作りの完成を目指す匈奴の千騎隊長 バフティヤール ∙∙ メナヒムの子。鉄生産の秘密を守ろうとナオト暗殺を父に進言 バトゥ ∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙

          『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[205] 終章 別れのとき

          『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[204]エレグゼン、戦場から戻る

          第8章 風雲、急を告げる 第6節 追撃 [204] ■3話 エレグゼン、戦場から戻る  その日、ナオトは、研いでもらおうと己が鍛えた三本目の剣を携えて山の端まで来ていた。  ナオトの二本目と、イシク親方たちとともに作った何本かの剣はすでに左賢王に渡っている。それを知るナオトは、 「この三本目は、仕上がったらメナヒムに持ってもらうつもりです」  と、イシク親方に話した。いまもまだ北の疎林に通い、一人で大鎚を振るっていると聞いて、イシクは驚き、あきれた。  バハルーシュに預け

          『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[204]エレグゼン、戦場から戻る

          『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[203]エレグゼンの戦闘

          第8章 風雲、急を告げる 第6節 追撃 [203] ■2話 エレグゼンの戦闘  二日前にメナヒムの第一の百騎隊に合流したエレグゼンは、あらかじめ用意されていた運命のようにして、ガシュン湖の手前で次の戦闘を迎えることになる。  居延城に屯する漢兵は、祁連山から北向きに流れてきた清らかな水をエチナ川で採る。いま、遁走する漢の将軍が向かっているのはその川岸だ。そしてこの川は、友のションホルが命を落とす四日前に仲間四人ではしゃぎながら馬で渡ったあの川だった。  馬を隠し、十騎を二手

          『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[203]エレグゼンの戦闘