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【2人用声劇台本】春の儚いものたち

この作品は、声劇用に執筆したものです。
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卒業を間近に控えた演劇部員の袴田と、後輩の春日。二人は山登りをしていた。
山登りをする中で、春日は袴田が演劇を辞めてしまう理由について訊ねる。
これは二人の若き役者が本音で語り合う。それだけの話。

【上演時間】
約20分

【配役】
・袴田(はかまだ)(男):元演劇部のエース。冷静沈着で演劇に対して真面目だが、真面目であるがゆえにプレッシャーに感じていることも多い。
※性別変更可。口調変更可。

・春日(かすが)(女):袴田の後輩。演劇部だが舞台に立ったことはなく、裏方ばかり。明るく前向きで憧れの舞台に立ちたいとずっと頑張っている。
※性別変更可。口調変更可。



山登りをしている春日と袴田
春日:「はあ…… はあ…… 」
袴田:「はあ…… はあっ…… 」

袴田:「おい、春日、いつになったらっ…… 頂上に着くんだ?」

春日:「もう少しですからっ…… 頑張って、くださいっ…… 」

袴田:「まったく…… 。何が楽しくて、お前と山登りをしなくちゃならないんだ」

春日:「いいでしょう?こうやって先輩といられるのもあと少しなんですから。きっとこれも、いい思い出になります、よっ」

袴田:「思い出作りなら、もっと他の方法があるだろうに…… 」

春日:「なにを言うんですか。こうやって苦労するからこそ、一生忘れられない思い出になるんですよ」

袴田:「はあ、とにかく、少し休もう。もう疲れて歩けん」

春日:「またですか?もう少しで頂上なんですよ?」

袴田:「君と違って私はもう年だ。体力がない。それに、さっきからもう少しもう少しと言いながら、一向に山頂へ着く気配がないじゃないか。とにかく休憩だ」

春日:「私と先輩って三歳しか変わらなかったはずですけど…… 。まあ、先輩がそう言うならもちろんいいですよ。少し休みましょうか」


袴田:「(お茶を飲みながら)っふーーう…… 」

春日:「先輩、引退してから体力落ちました?」

袴田:「そんなことはない」

春日:「そんなことありますよ。演劇部のエースだって言われていたときはどれだけ動いても息一つあがっていなかったのに。やっぱり体がなまっているんですよ」

袴田:「そうであったとしても、別に問題ないだろう? もう舞台に立つことはないのだからさ」

春日:「噂には聞いていましたけど、本当にその…… 演劇、やめちゃうんですか?」

袴田:「ああ」

春日:「なぜですか? せっかくあんなに頑張って芝居をしていたのに」

袴田:「なぜですか、だって?ハッ、そんな分かりきったことを君は私の口から言わせるつもりかい? いい性格をしているとは言えないなあ」

春日:「…… やっぱり、気にしているんですね、最後の公演」

袴田:「気にするなっていうのが無理な話だよ。最後の最後の大舞台で、セリフが飛んでしまったのだから」

春日:「…… 」

袴田:「一番大事な場面でセリフが抜けてしまうなんて、役者として失格だよ」

春日:「誰にだって失敗することはあります。私も先輩も、まだまだこれからじゃないですか」

袴田:「だが、もうあの卒業公演は帰ってこない」

春日:「っ…… 」

袴田:「やり直しはできないのだ。あの日あの時、あの役者、あの照明、あの音響、あの観客がいたこと。あの空間にこそ意味があった。だから、もう一度やり直すことなんてできない。演劇というのはそういうものだ。君も分かっているだろう?」

春日:「それは…… 」

袴田:「昔からそうなのだよ。私は。いざというときに失敗してしまう。役者として致命的だ。加えて、あれ以来毎日のように、あの公演の夢を見るようになってね。舞台に立つこと自体に恐怖を覚えるんだよ」

春日:「…… 」

袴田:「だから、もう役者はやらない。至極(しごく)真っ当な理由だろう?」

春日:「…… 寂しく、なりますね」

袴田:「また春になれば新入部員が増える。それまでの辛抱だ」

春日:「そういうことじゃありません。私は先輩と会えなくなることが、先輩を舞台で見られなくなることが、寂しいんです。先輩の代わりなんて絶対にいません」

袴田:「そう言ってもらえるのはありがたいが、時が経てば君はいずれその気持ちを忘れ去ってしまうに違いない」

春日:「そんなことはありません」

袴田:「では君は、死の間際にその気持ちを思い出すことができるかい?」

春日:「え?」

袴田:「人生が終わるその瞬間に、君は私のことを思っていてくれるかい?」

春日:「そ、それは…… 」

袴田:「ほら、返答に困っただろう?そういうことだよ」

春日:「私、忘れたくありません。忘れたくないんです」

袴田:「そう思っても、きっと君は忘れてしまう。私なんかよりもきっと大切な人ができて、舞台よりも大切な場所ができる。私だってそうさ。きっと大切な人が見つかって、新しい自分の居場所を見つける。君のことも、舞台のこともきっと薄れていく。それは仕方のないことだし、そうあるべきだと私は思う」

春日:「そんな将来のこと、想像もできません」

袴田:「ふっ、君は正直でいいね。そういうところ、嫌いではないよ」

春日:「想像はできません。でも、やっぱり私は先輩の舞台をもっと見たかったです。今そう思っているのはたしかです」

袴田:「そうかい。だが、さっきも言っただろう。私は舞台に立つべき人間ではないし、もう立つつもりもない」

春日:「立つべきでないなんて、そんなことはありませんよ。先輩には才能があるのに」

袴田:「才能?どこにもそんなものがあったというんだい?」

春日:「だって、才能がなかったら演劇部のエースにはなれなかったはずです」

袴田:「だからそれが間違っているというんだっ」

春日:「先輩…… 」

袴田:「はっきり言おう。たかが大学の演劇部でエースになるなんて、そんなに難しいことではない。才能がなくたって、稽古を重ねれば誰にでもなれる。世の中にはね、もっともっと芝居ができる人間がたくさんいる。そういう人間がプロになれるんだ。私のような人間がなれるはずがない。緊張でセリフを飛ばしてしまうような人間が、プロになれるわけがない」

春日:「…… それ、私を見ても言えますか?」

袴田:「なに?」

春日:「ずっとオーディションに落ち続けて、舞台に一度も上がることのできなかった私に言いますか?」

袴田:「待て、私は別にそういうつもりで言ったわけでは…… 」

春日:「先輩、舞台に上がって光を浴びるってことは、下には光を浴びないたくさんの人間がいるってことなんですよ。分かっていますか?」

袴田:「そんなものを見ている余裕は、私にはなかった」

春日:「先輩は、せっかく山の頂上に登っても、景色を楽しまないタイプなんですね」

袴田:「すぐに下山するタイプだね」

春日:「…… なんで、諦めちゃうんですか」

袴田:「…… ?」

春日:「なんで、先輩が諦めちゃうんですかっ。そうしたら、私まで諦めなくちゃいけなくなってくるじゃないですか…… !」

袴田:「春日…… 」

春日:「私はずっとずっとずっと先輩のことが羨ましくて仕方がなかったんです。先輩はいつだって舞台に立って脚光を浴びている。それなのに私はいつもいつもオーディションに落ちて、代役ばかりで、裏方ばかりでっ…… 。私だって、一度くらいは舞台に立ちたいって思っていたんですよ」

袴田:「…… 」

春日:「自分に演技の才能がないことなんて、分かってます。それでも、舞台に立っている先輩を見て、自分もあんな風に輝いてみたい、ずっと芝居をしていたいって、そう、思ったん、です…… 」

袴田:「そこまで君が思ってくれていたとはね。期待に添うことができなくてすまないね」

春日:「私が立てなかった舞台に立っていたのに、なぜ先輩は降りてしまうんですか?」

袴田:「上がっていたからこそだよ」

春日:「え?」

袴田:「上がっていたからこそ、分かるんだ。君には分かるかい? セリフをトチってはならないプレッシャーが。演出から続けられるダメ出しの辛さが。本番が近づくにつれ削られていく体力と精神力が。観客からの視線を集める緊張感が。失敗したら他の仲間にも迷惑をかけるという後ろめたさが。それらに耐えられないんだよ。だから、降りた。それだけだよ」

春日:「そんな…… でも、私が諦めていないのに、先輩が諦めるなんて、やっぱりおかしいです」

袴田:「自分が諦めたくないから、私も諦めるなって? それは君の都合であって、私には関係ない。夢を安易に押し付けるのは、頼むからやめてくれ」

春日:「すみません…… 」

袴田:「そろそろ休憩は終わりにしよう。まだ頂上じゃないんだろう?」

春日:「…… はい」


春日:「はあっ…… はあっ…… 」

袴田:「はあー…… はあーっ…… 」

春日:「先輩、山を登るのと舞台に立つの、どっちがしんどいですか?…… はあ」

袴田:「愚問だねえ…… はぁ…… 。舞台に立つ方がしんどいに、決まっているっ…… ふうー…… 」

春日:「なら、頂上まで行くのは、楽勝ですね」

袴田:「わざわざ汗水垂らしてまで頂上へ登る理由が、私には、分からない、けどねっ」

春日:「きっと頂上には、夢があるんですよ。舞台と同じです」

袴田:「いい加減、夢を見る年頃でもないだろう。だから、君も諦めるんだな。夢を見れば見るほど、夢から覚めたときに辛くなるんだよ」

春日:「………… 」

袴田:「おい、なぜ立ち止まる?」

春日:「夢を見れば見るほど、夢から覚めたときに辛くなる?」

袴田:「ああ。そうだ」

春日:「だったら私は、もう一度先輩に夢を見てほしいです」

袴田:「君、話を聞いていたかい?」

春日:「先輩は夢から覚めてしまったんですよね。だったら、私がもう一度夢を見せます」

袴田:「はあ?」

春日:「というか、そもそも先輩は本当に夢から覚めたんですか? まだ夢
から覚めていないでしょう?」

袴田:「さっきから何を言っているんだ。一体何が言いた(いんだい?)」
春日:「(被せて)先輩は、本当はまだ諦められていないんじゃないですか?」

袴田:「それは…… 」

春日:「先輩。今度はちゃんと、足元を見てください」

袴田:「足元って…… 花が咲いているようだが。これがどうしたと言うのだね?」

春日:「この花はショウジョウバカマって言います。この花は周りの木が育つと光を浴びられないくらい、小さな花です」

袴田:「光を浴びないことが宿命づけられているのか。憐れなものだね」

春日:「だから、他の植物や木が成長するよりも前に、春先早くにピンク色の花火のような形の花を咲かせるんです。そして、春が終わると葉だけを残して花を枯らします。なので、この花が咲いているのが見られるのは、春先の短い期間だけなんです。
こういった花は他にもたくさんあって、その儚さから、こう呼ばれています。スプリング・エフェメラル…… 「春の儚いものたち」と」

袴田:「急いで咲いて散っていくなんて、死に急いでいるようだね。結局枯れるのだから、そんなに急いでも無駄なのに」

春日:「いいえ、無駄ではありませんよ。この短期間に一年分の栄養を稼ぐと夏には地上部を枯らして球根や根の状態で翌年の春までじっと地中で過ごすんです」

袴田:「…… 」

春日:「あなたはまだ、夢から覚めていない。じっと地中で根を張って、また舞台に立って、花を咲かせることを待ち望んでいるんです。このショウジョウバカマのように」

袴田:「君に、私の何が分かるというんだ」

春日:「分かりますよ。私も舞台が好きなんですから。一度舞台に上がったらもう、その喜びや快感を忘れることはできない。求めずにはいられない。違いますか? 袴田先輩」

袴田:「…… だったら、どうする?私のことを、諦めの悪い人間だとあざ笑うかい?」

春日:「いいえ、そんなことはしませんよ。先輩が立つ舞台を私が用意します」

袴田:「用意って、君に何ができるんだい?」

春日:「私、卒業したらファッションの専門学校に行こうと思っていて。そこを卒業して、いつか自分の劇団を作って、そこで衣装係として、自分を表現していきたいんです」

袴田:「衣装係…… ?」

春日:「役者がダメなら他の道で演劇に関わっていけばいい。そういうことかなって思って。そう考えるのは安直すぎるでしょうか?」

袴田:「…… 役者だ」

春日:「え?」

袴田:「主宰兼、衣装係兼、役者。それでいけばいいだろう」

春日:「ああ。そう、ですね」

袴田:「それに、脚本のあてもないだろう。なんなら私が書いてやるよ。昔少し書いたこともあったし」

春日:「っ! 先輩っ!!」

袴田:「趣味として、休みの日に手伝うくらいなら、やってもいい。舞台にも出てやる」

春日:「ありがとうございます!…… あっ、見てください!頂上です!」

袴田:「これは…… 見事な夕焼けだ」

春日:「ここからまた、始まるんですね」

袴田:「(たっぷり深呼吸する)………… 俺たちは兄弟としてこの世に生まれたんだから、どっちかが先ってのはやめにして、手をつないでいっしょにいこうぜ!」

春日:「っ! 先輩、そのセリフって…… 」

袴田:「あのとき言えなかったセリフさ。これからも、よろしく頼む」

春日:「はい、先輩。こちらこそ、よろしくお願いします」


観客の拍手が鳴り響く



春日:「皆様、本日は本劇団の旗揚げ公演にお越しくださり、ありがとうございました」

袴田:「ありがとうございました」

春日:「今回は私達が劇団を作るきっかけとなった出来事を題材にしました」

袴田:「私達の舞台はまだ始まったばかりです。これからも温かく見守っていただけますと幸いです」

春日:「ではまた、次回の公演でお会いしましょう。改めて、本日はありがとうございました!」

袴田:「ありがとうございました!」


再び大きな拍手が鳴り響く。お辞儀をする二人。


【終】

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