ポルカドットのこと
あけましておめでとうございます。
昨年末で15年間在籍したP.GROUPを退職し、同社のお店ニュー喫茶ポルカドットを受け継ぎ独立することと相なった。
しかし経営者が変わるからといっても、お店の名前を変えるつもりはない。
お店に来てくれるお客さんにとってはポルカドットはいつも通りポルカドットであるし、自分にとってもしっくりくるのはやはりポルカドットなのであるわけで。
このノートは僕がポルカドットを受け継ぐに至った経緯を、あくまでも僕のことを知っている人に届いてほしい内容で綴らせてもらった。
そこまで時間はかからないと思うので、読んでもらえたら照れくさいけどうれしい。
ポルカドットとの出会い
思い返せば、15年前に初めてお客さんとしてポルカドットに来店した日はミスター(現P.GROUP副社長そして地元中学の先輩)25歳の誕生日だった。
中学の先輩=おっかない
というアラフォーとなった今では懐かしい方程式でビビりながらも、祝杯でぼちぼち出来上がった彼と話すうちに気がつけば「バイト募集してますか?」と聞いていた。
当時僕は20代前半。
ギターが好きで米国の音楽専門学校を卒業したはいいが中途半端な楽器の技術と職能とのギャップに翻弄される拗らせたフリーターで、彼女いないしコミュ症の三重苦。
その頃のポルカドットはオープンして2年目、オシャレでサブカル要素があって連日賑わうお店でオーナー玉井さん(P.GROUP現社長そして高校の先輩)は弱冠25歳。
藁にもすがる思い、だったかどうかは定かではないが同世代のリア充の中に飛び込むことをその場のノリで決めた。
なんとなく働き始めたポルカドットだったけど、勤務して間もなく開催されたF.I.B.JOURNALのライヴを観てぶったまげた。
https://music.apple.com/jp/artist/f-i-b-journal/298433197
何もないと思っていた自分の地元のど真ん中に、こんなバンドを呼んでパーティーをする店があるなんて。
どうやらただオシャレなだけの場所ではないらしい。
音楽は聴くのと演奏する以外にもこんな関わり方があったのかと、自分の世界の小ささに気がついた。
当時、僕が働きだしたのはP.GROUPの多店舗展開スタート前夜。
バイトを経て社員になり、複数の店舗で働き接客業の楽しさを学び、イベント営業でステージ音響を覚え、仲間とアコースティックライヴをオーガナイズしたり、スタッフで組んだバンドで野外フェスを開催したり、社内恋愛で結婚したりーー。
そんなこんなで夢中で駆け抜けた20代が終わる頃、ポルカドットの店長になった。
それまでとは違う責任と店長業務、そのうえ営業時間の長い店で、長男が産まれたタイミングだった妻に与えた負担は計り知れない。
きっとたくさん不満もあっただろうに、それを出さずに子育てをして明るい家庭を作ってくれた妻には感謝してもしきれない。
【いちいち楽しむ】
社長玉井氏が掲げ社訓にもなっているこの言葉に共感し、誰よりも体現してきた自負はあるけども、それは家族の協力なしではとても実現不可能であったとつくづく思う。
そして2020年に、未だ世間を引っ掻きまわすコロナ時代が始まった。
死中に活を求め、カフェからニュー喫茶へとリノベーションをするも依然と飲食店を取りまく状況は厳しく。
店舗としての利益が薄いのに会社は毎月給料をきっちり払ってくれる。
40歳を目前にして自分は、この店は、このままのやり方でよいのか。
会社には感謝しかないが、少しずつ違和感が募ってきた。
そんな時、ポルカドットを閉店するかもしれないという話が持ち上がった。
詳しい事情は割愛するが、それを聞いた時は寂しい気持ちよりもほっとしてしまう気持ちの方が正直強かったように思う。
じゃあポルカドットがなかったら自分はどうするのだろう。
思考停止になりそうなのを誤魔化し営業を続けている時、仲間のバンドがライヴイベントを提案してくれた。
これが最後かも、とも考えていたので自分の家族はもちろん久々の友人たちにも声をかけて開催することに。
まあまあ突然の呼び出しにも関わらずたくさんの人たちが駆けつけてくれ、賑やかな夜となった。
その様子を眺めていた時だろうか。
ふと気がつくとこの店をなくしたくないと、これまたその場のノリで決心している自分がいた。
これ以上この店を続けるには、自分がオーナーになるしかない。
その翌日、社長である玉井氏に
「ポルカドットを僕にください」
と電話で伝えていた。
それはつまりP.GROUPを離れて個人事業主としてポルカドットのオーナーになりたいという相談であり、妻と子ども2人を抱えたアラフォー男の一大決心である。
大人の事情で年内にある程度の契約更新が必要だったため、資金繰りをしながら不動産屋へ通い、なんとか無事に2023年1月より僕はポルカドットのオーナーとなったのである。
15年前にバイトから始まり、社員になり、店長になり、とうとう自分の店にしてしまった。
もちろんそれは、玉井社長はじめP.GROUPのみんなの理解と協力、懐の大きさのおかげであり。
ろくな相談もなく突然脱サラする夫を、いろいろ思いはあるだろうけれど背中を押してくれた妻がいてくれるからであり。
心配かけ続ける息子をなんやかんや応援してくれる両親や、僕の決心を親身に考えて面白がってくれる仲間がいるからであり。
そもそもまだ、自営業のスタートラインの手前にギリギリ立てただけのことで、解決していくべきことは山積みなのだけど。
今年で17周年を迎えるポルカドット。
20周年を迎えることができるのか。
30周年を迎えたとき自分はどうなっているのか。
最後に
さて、まだ何もやり遂げていない人間の所信表明をよくぞ飽きずに読んでくれたものである。
そんな酔狂な貴方は、是非これからの行方を一緒に面白がり、一緒に見届けてほしいと思う。
たった一度の来店でも、従業員でも、業者さんでも、その人にとってそのお店は人生の物語の一部だ。
その役割をもう少し続けて、この地で歳を重ねていきたい。
簡単に言うと、それだけのこと。
ポルカドットでまた会いましょう。
令和5年1月吉日
中西佳孝
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