人を惹きつける才能とは


槙島聖護と不二桐緒の魅力とは
槙島聖護と不二桐緒とは

まず初めに彼らの紹介から始める必要がありますね。ご存知の方は飛ばしていただいて構いません。


1人目の槙島聖護について
彼はアニメPSYCHO-PASSに登場する架空キャラクターで第1期の物語のボス的な立ち位置のキャラクターです。私が(小説以外の)本を積極的に読むようになったきっかけのキャラクターとなっていまして作中でもかなりの人気を誇ります。彼の特徴として犯罪を犯したとしても通常の方法では捕まえられない特殊な能力(かなり省略しましたし、正確ではありませんがここの理解は何となくで構いません。気になる方はアニメを視聴する事をオススメします。)を持っておりその能力を活かして他の犯罪者達の犯罪の手助けを行っています。それを通じて作中の、AIによって全てが決められる社会を崩壊させる事を目的としています。また、話す時に幅広い著書から引用して話す癖があり何時も本の描写が描かれているほど読書家なキャラクターとなっています。特殊な能力のせいか多くの知識を持っている知識人としてか多くの犯罪者達に信頼されているキャラクターとなっています。

さて2人目の不二桐緒(フジキリオ)について彼女は漫画ブルーピリオドに登場するキャラクターで「ノーマスク」という反権威主義を理念に掲げるアートグループの代表です。主人公がある日誘われ行った場所はノーマスクのシェアハウスでそこでは各々が自分のしたいようにアーティスト活動を行っていました。彼女の特長として1度読んだ本は1字1句覚えていたり、人の心に寄り添うのが上手いためノーマスクのメンバーにかなり信頼されており少し宗教じみた雰囲気がするほどです。実は私自身読んでいる最中なのでまだ全貌は分かっていませんがこの位でも人物紹介として問題ないためこのまま進めていきます。


2人の魅力とは


この2人には人を惹きつける能力があるように感じられます。ではこの2人の共通する特徴とはなんでしょうか?そう読書家な点です。は???読書家??と思われる方もいるかもしれませんそこについて説明していきたいと思います。
まずはPSYCHO-PASSよりカリスマ性の定義が述べられていたのでここではっきりとさせておきたいと思います。

  • 英雄的、預言者的資質

  • 一緒にいて気持ちがいいというシンプルな空間演出能力

  • あらゆる物事を雄弁に語るための知性

と定義付けられています。
作中で槙島聖護は全て満たしていると考えられており不二桐緒も同様に同じような評価を作中で受けています。あくまで個人的な考えですが英雄的、預言者的資質は下の2つを達成していれば自然と身につく物だと考えます。そのためカリスマ性を身につける?上で必要な事は下の2つをどれだけ達成出来るかが必要になってきます。更に言えば一緒にいて気持ちがいいというシンプルなな空間演出能力でさえあらゆる物事を雄弁に語るための知性に大きな関連性があると考えます。ここで重要なのがチューニングという言葉です。双方とも作品内でチューニングというワードが使われています。
槙島聖護は読書を通じて精神的なチューニングを不二桐緒は人の心をチューニングする。ここにも共通点が存在しています。

読書と精神的なチューニング

まずは槙島聖護について読書をする中で内容が入ってくる時や逆に内容が頭に入ってこない時等に理由を考えるそれによって精神的なチューニングをおこなっていると言っています。
不二桐緒は自分の意見は変えないが相手の心にチューニングするのが天才的に上手いと評価されています。主人公はそれを自覚してもっと不二桐緒と話したいと思うほどでした。

不二桐緒はなぜ相手の心にチューニングするのが上手いのでしょうか?元々の才能でしょうか?
私は膨大な読書量がなした技ではないかと考えます。読書によって得られる知識は何も実用的なものだけではありません。様々な視点からの文章や多種多様な考え方に触れる事が出来ます。また世の中には案外正解のない問が多く存在します。それらの問題にこういった考え方をしている人は他にも居るよ。だから貴方の考え方は間違っていないよと相手を励ます事も可能となります。つまり多くの相手に合わせるだけの知識量があるからそこ可能なら芸当と言えます。

同様に槙島聖護はそのチューニングが不二桐緒よりもマイルドなため強烈な違和感を感じずにカリスマ性を強く感じるのではと考えます。

人は特別を好みますが孤立は好みません。
2人のキャラクターはいわば社会からはみ出した者たちを分類してあげていた訳です。

知識によって相手に快楽を与える事が出来れば自然と相手は一緒に居て気持ちいいという感情を持っても不思議ではありません。また、これらの事が達成出来れば英雄的、預言者的資質についても自ずと現れてくるはずです。

最後に

上記の行動の手前に「抽象化と具体化」が存在するのだと思います。人間という「具体的」な存在を「抽象化」する。この行為の上に相手への理解が存在するのだと思います。

しかしながら適切に理解しない事には「この人は分かってくれる」となりません。その為にも読書だけでなく人との関わりを増やすなど多様な人との関わりが求められるのだと思います。

人を惹きつける為には「具体化と抽象化」した内容を上手く相手に伝えなければならないからです。
上手い塩梅でなければ「ただ勝手に批評してくる人」になっていきます。

長くなりましたが読んで頂きありがとうございました。


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