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健常の人は、どうして違っているところだけを見るのだろう?

【ピエロの手記82  断章70】      

この言葉に出会ったのはずいぶん前のことだ

健常者も障がいのある人も参加している
インクルーシブな勉強会の席だった
脳性小児マヒの S 子さんが
まともに私の方を向いてそう言ったのだ

「たしかに私は手足も不自由だし
 口も歪んでいて話は聞き取りずらいでしょう
 でも、違っているのはわずかな点なのです
 そのわずかを除けば
 私だって他の女の子と同じなんです
 恋もしたいし結婚にも憧れています」

私は衝撃を受けた
そんな風に考えたことはなかったからである
障がいや障がいのある人に向き直ったのはそのときからである

2024年 2月26日 
パリ・コレのファッション・ウィークで開かれるショーに
ダウン症のファッション・モデルである葉桜さんは
世界のトップモデルと同じランウェイを歩く

19歳の葉桜さんは語る
「かなうはずがないと思いながら大きな夢をを口にしてきた。
 障害があっても夢をもっていいんだと、みんなに伝えたい」
9歳のとき
「世界ダウン症の日」のファッション・ショーに挑戦して以来
事務所にも属さず大きな負担を乗り越えてきた
まっすぐに歩くのも難しかったし、
ウォーキングやポージングにも何度も涙を流した
出演の招待がきたパリ・コレへの渡航費も
クラウドファンディングが頼みだ


同じランウエイを歩く葉桜さんとモデルたち
葉桜さんは、健常者と障害者の、90何%かの共通部分を
表に出して生き
僅かな違いを溶かしてしまったのではないか

改めて 
健常者と障害者の境界が分からなくなってしまった
就業支援作業所の仲間と
向きあって微笑みを交わすとき
境界を感じないからである


   ‟悲しいピエロ”






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