紙中

去年書いた小説のようなもの
『いたずらに 桜をかけば 散っていく 止まらぬ時は かみのいたずら
悪戯に 桜を掻けば 散っていく 止まらぬ時は 神のいたずら
徒に 桜を書けば 散っていく 止まらぬ時は 紙のいたずら』
こちらの小説っぽくしてみた版
一足お先にを読んだ後だった
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   紙中

今年も病室から桜がよく見える。
綺麗だけど、今日は風が強い。
咲いたばかりなのにもう散っていく。
神様というのもかなりの意地悪。
最後の桜くらい、もっと長く見ていたかった。
余命は持ってあと半年。
もっと綺麗な景色を直で見たかった。
でもこればっかりは仕方ない。
お母さんだってお父さんだってお医者さんだって悪くない。
仕方のないこと。
どうしようもないこと。
そう、割り切るしかない。

小さい時から病弱だった。
歩くのがやっとだった。
今ではもう歩けもしない。
色素が抜けて髪も目も白くなった。
昔はまだ食欲があったのに、最近は固形食をあまり飲み込めなくなっている。
手も文字を書くのがやっとの筋力しか残ってない。
味覚と嗅覚もだんだん衰えてる。
私はもうすぐ死ぬ。
楽しいとは言えない人生だった。
生まれてきて良かったなんて思えない人生だった。
でも、それは誰のせいでもない。
仕方のないこと。
だから思い込むしかなかった。
人なんて元気に生きてもどんな才能を持っても意味はないって。
どうせ恐竜みたいに人間だっていつか滅ぶから。
そうなったら人間が何を残してたって意味がない。
私が生まれてきたのも、何の意味もないことで、でもそれでいいんだって、思い込みたかった。
この病気は、別に苦しくはなかった。
身体の痛みも血を吐くような苦しさもなかった。
ただゆっくりと、生きるための力が抜け落ちていくだけだった。
痛くも苦しくもない。
それは楽と言えば楽だった。
でも、思うような身体じゃないことを、ぶつけられなかった。
もっと痛い思いをしたら、もっと苦しい思いをしたら、誰かのせいにできたかもしれない。
どうしようもない感情を、誰かにぶつけられたかもしれない。
私より苦しい思いをしてる人なんてたくさんいる。
私はまだマシなんだ。
だから大丈夫。
でも、それを幼い私は許さなかった。
私は最近よく話すようになった。
と言っても向こうは私の話なんてまともに聞きやしない。
ほとんどがお互いの独り言で、それに対する愚痴ばかり。

なんで私がこんな思いをしなきゃいけないの。
もっと外に出たいよ。
鬼ごっこだってかくれんぼだってしてみたいよ。
もっといろんなもの食べてみたいよ。
自分の足で走りたい。
自分の口でおいしいって思いたい。
なんで、こんな身体なの?
なんで私は、僕はこんな身体なの?
なんで女のフリなんてしなきゃいけないの?

私は、性別も持たずに生まれた。
当たり前だけど女と勘違いされた。
それは別によかった。
女らしいと言われるようなものが好きだったし、同室になった子に髪をとかれたり編まれたりするのは好きだった。
それに、私は女だから可愛がられて、愛された。

それがなんなの。
僕は愛されてない。
可愛い物は好きだけど、僕は女じゃないよ。
男とか女とかそんな詰まらないものじゃない。
僕じゃない僕なんて要らない。
僕は男じゃない。
僕は女じゃない。
僕はいい子じゃない。
僕は悪い子じゃない。
僕を勝手に分類するくせに、なんで僕は可哀想って思われないの?
こんなにも苦しい思いをしてる可哀想な人なのに。
もっと苦しめばいいの?
そしたら可哀想って思われる?
でもそんなの嫌だよ。
これ以上苦しむなんて。
僕だって楽になっていいでしょ?

それは一体何なのか、何だったのか。
夢遊病と言ってしまえば、それまで。
なんで私が支えもなく自分の足で立てているのか。
なんで右利きの私が左手に刃物を構えているのか。
なんで病院内がこんなにも静まりかえっているのか。
なんで私の目の前に死体が転がっているのか。
訳の分からないことだらけで、思考がまとまらなくて座り込んだ。
生温かい液体に下半身が塗れる。
服は赤く染まっていく。
しばらく経って、私は近くにあった車椅子になんとか身体を乗せて狭い病院内を見て回った。
少ない入院患者はみんな血を流して死んでいた。
私が入院していた部屋は、紙やペンが散乱していた。
血塗れで、文字が読めない紙も何枚もあった。
隣のベットで寝ていた子は寝ているように見えたけど、布団は赤かった。
その子の枕元に今朝編んでくれた私の髪が落ちていた。
髪を触ったら首辺りで雑に切られている。

早く、楽になろ?
いい子でいるなんてもう無理でしょ?
次は家に行こう。
家族ぶってるママもパパもみんな殺そう。
近くの親戚の人達も殺そうか。
僕は家族に入れて貰えないから、僕に家族なんていない。
僕はずっと一人なんだ。
それでいいと思っちゃってるから、君も要らない。
さっさと死んで。
戸籍を持ってるのだって君だけ。
君さえ居なくなれば、僕は本当に誰も知らない、知り得ない人間になれる。
だから、ばいばい。

さて、これで僕に繋がりがある人はみんな殺せた。
みんないなくなった。
僕は誰からも褒められない可哀想な子。
誰からも認知されない可哀想な子。
僕のこと、幼い自分と思っていたなんて酷いなぁ。
あの子は酷い子。
自分がでしゃばって、自分のおかげで僕が生きてると勘違いしやがって。
そのせいで僕は生きられなかった。
そのせいで僕は苦しかった。
あの子は思い違いが多すぎる。
自分で立てるどころか走れもするのに。
味は感じないけど、食べることはできるのに。
力だって、普通の人ほどじゃないかもしれないけど、人を殺せるくらいにはあるのに。
僕はほんとは、そこまで可哀想じゃないのに。
ただ哀れむだけで助けてもくれない。
結局他の人間と一緒だった。
やっと一人になれた。
邪魔なものは全部捨てられた。
これからどこに行こうかな。
いろんなとこへ行きたい。
いろんな人に会ってみたい。
あと半年、遊び尽くそう。
犯罪だとか、人間じゃない僕には知ったことじゃない。
僕の命だ。
楽しく使い切ろう。



今年も病室から桜がよく見える。
「また書いてるの?」
彼女はただ一人の見舞客。
「うん。さっき書き終わったとこだよ」
「今度はどんな話?」
いつもと同じ。
挨拶もない日常会話。
「多分僕の話」
「多分?」
彼女は荷物を棚に置いて椅子を引っ張ってきて座った。
「君が持ってきてくれた本の中に平行世界について書かれた本があっただろ?
どこかの世界の僕の話」
「意外ね。
現実主義っぽいのに」
「僕は割と信じてるんだよ。
きっとどこかには元気な僕もいるだろうから」
「そう、確かにそうね。
その世界にも私はいる?」
「君はいないよ。
君がこの世界で僕と会ってしまったら殺されるよ」
「……意地悪」
「そういう話が好きなんだろ?」
「……あなたが書く物は何だって好き。
私を褒めちぎっているのもあったでしょ。
あれも結構好きだったけど、私、あなたの物語に出られるなら、どんな酷いことされたって許せちゃう」
「それは読者が君だからだよ」
「他に誰がいるの」
「誰もいないね」
彼女は僕のただ一人の読者。
僕に物を発表するなんて勇気はないから、そんな素晴らしい文章なんて書けないから、彼女だけが僕の読者。
彼女の前でだけ僕は作家。
「私は贅沢者ね。
文桜の作品を独り占めできるんだから」
「人にその名で呼ばれるのは恥ずかしいな」
「そ、でも私は綺麗で好き。
この名前。
あなたの本名がこれだったらよかったのにね」
「そうだね。
だからこの名前を使ってるんだ。
紙の中でくらい好きに生きたい。
こんな身体じゃない自分で生きたい」
「私は文桜のこと好きよ」
彼女はいつも不意に話を振ってくる。
そして会話は続く。
「病院でなければ襲っちゃいたいくらい」
「冗談はやめてくれ。もっとちゃんとした、男と付き合いなよ。
君くらい綺麗なら、いくらでも誘えるんじゃないか?」
「私の誘いに簡単に乗ってくる男なんて嫌」
「でも恋人がいたことくらいはあるだろ?」
「そうね。
男は四人と付き合ったことある。
でもみんな一ヶ月と持たずに振られた。
女の子の方が長続きしたくらい。
二人は早かったけど、もう二人は半年は続いた。
でもいつだって私は振られるの」
「意外だね。
でもそれなら尚更僕なんかじゃない方がいいだろ?」
「……私は文桜のこと、特別に思ってる。
あなたはこの白い髪も、目も不気味と思うかも知れないけど、私は好き。
男じゃなくたっていいじゃない。
私、性別なんてどうでもいいの。
綺麗な子が好きなの」
「そうか。
ありがとう。
でも僕は長くないよ」
「いいじゃない。
綺麗なままいられるんだから」
「じゃあ、君が殺してくれないかい?」
「……そうね、それもいいけど、嫌。
私のことも、綺麗なまま殺してよ」
「……じゃあ、心中しようか」
「……ふふ、そうね……そう、そう。
その言葉を待ってたの」
彼女は僕に手を伸ばした。
彼女は恋人じゃない。
友人でもない。
ましてや家族でもない。
僕は彼女の名前も知らない。
僕は彼女が人なのかも知らない。
僕は彼女の手を払った。
「次はこれを書くよ。
ありがとう」
彼女の手は空に浮いて留まってる。
「……また嘘なのね。
でも、いいの。
私はあなたの嘘は好き。
だから待ってあげる。
気の済むまで書いて、私に読ませてね」
彼女の手は僕を撫で、原稿用紙をめくり始めた。
彼女はしばらく僕が書いたいくつかの物語を読んで帰って行った。
彼女は不定期的に訪ねてくる。
看護師に聞けば皆そんな女は見たことがないと言う。
彼女は、妖精か何かなんだろうか。
なんであれ、僕にはどうでもいいことだ。
彼女が読者でいてくれる。
それだけ、変わらないでいてくれたらいい。
せめて僕が死ぬまで。

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