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85なるべく挿絵付き 紅葉賀巻⑥ 藤壺宮を三条の宮に見舞う


・ 三条の宮にお見舞い

源氏は、藤壺宮の退出している里邸三条の宮にお見舞いに上がります。

逢瀬を手引きした王命婦の他、中納言の君中務などの女房が応対します。
物越しにも宮は気配もお見せになりません。
よそよそしいお扱いだなと源氏は不満ですが、何とか気を静めて世間話などしています。

命婦 中納言の君 中務 などやうの人びと 対面したり
けざやかにも もてなしたまふかなと やすからず思へど しづめて 大方の御物語 聞こえたまふ


・ 兵部卿宮の訪問

たまたま兵部卿宮も訪れて、源氏が来ていると聞いてこちらの部屋にやって来ます。
典雅で なまめかしく なよやかな宮の御様子を「女として見てもさぞお綺麗だろう」と、源氏は人知れず思います。
藤壺宮の兄君であるばかりでなく、若紫の父君でもあられると思うと自然と近しいような気持ちになり、親しくお話しします。

かたがた むつましくおぼえたまひて こまやかに御物語など 聞こえたまふ

いつもより何か親しげに打ち解けた様子を見て、宮も源氏を魅力的だと思って、まさか行方不明の御娘の人知れぬ婿君だなどとは思いもよらず、「この人を女にしてみたいものだ」と色好みの心に思います。

いとよしあるさまして 色めかしう なよびたまへるを 女にて見むは をかしかりぬべく 宮も … いとめでたしと見たてまつりたまひて 女にて見ばやと 色めきたる御心には思ほす
……… 女にして見てみたい ………


・ 御簾内に入る兵部卿宮

日が暮れると、兵部卿宮が御簾の中に入っていきます。

暮れぬれば 御簾の内に入りたまふを うらやましく

源氏は羨ましくてたまりません。
昔は帝が愛し子として片時も離されず、藤壺宮の御簾の中にも連れられて入り、取次ぎなしで直接お話しもできたのに、こんなに素気無くされている今の有様が辛くてたまりません。

兵部卿宮 と 藤壺宮 と 若紫


・ 辞去

里下がりしている妃に、近しく育った皇子が、何か御不自由がないか御用を伺いに参るのは自然な当然なことですから、そういう訪問だと何気なく装って言います。
「度々お伺いすべきなのですが、特別のことでもないと、つい怠りがちになってしまいます」「御用があれば、何なりとお言いつけくだされば嬉しうございます」
などと、型通りの挨拶を残して、三条の宮を出ます。

・ 王命婦の煩悶

王命婦も苦しんでいます。
宮は、不義の御受胎の後、とてもお辛そうです。
あの手引き以来自分を疎まれるようになって関係がぎくしゃくしています。
源氏の歓心を買う為なら宮を裏切ることも厭わない王命婦でした。
その気持ちは今もなくはないのですが、宮が自分に隙をお見せにならなくなっているので、手引きなど到底果たせないまま日が過ぎてゆきます。
宮の信頼も失い、宮を売ることで得ていた源氏との特別な関係も失いそうなのに責められても何もできず、進退窮まった気持ちでいます。

命婦も たばかりきこえむかたなく 宮の御けしきも ありしよりは いとど憂きふしに思しおきて
心とけぬ御けしきも 恥づかしくいとほしければ


・ それぞれに思い乱れる

源氏は一夜の夢の儚さを嘆き、宮も未来のない契りの儚さに思い乱れています。
📖 はかなの契りや と思し乱るること かたみに尽きせず

『ダナエ』 クリムト


📌 藤壺宮の妊娠月数

藤壺宮は、この年の夏、体調を崩して三条の宮に退がっている間の短夜に、
王命婦に手引きさせた源氏の強引な逢瀬で懐妊しています。

不躾ながら指折り数えてしまうと、
試楽や朱雀院の行幸のあった10月は、体調も安定した妊娠6か月です。
体調不良で退出 → そこで源氏の子を懐妊 → 安定期に入って参内 → 試楽 → 再び里邸に
又は
体調不良で退出 → そこで源氏の子を懐妊 → 試楽を思いつかれた帝のお召し → 試楽 → 再び里邸に

藤壺宮の懐妊と時系列

📌 源氏と藤壺宮、それぞれの気持ち

今度の退出にあたっての源氏の心は、今迄の盲目の恋ではなくて、我が子を懐胎されていると知っての居ても立ってもいられない見舞いである可能性があるでしょうか。

🔴藤壺側
 ・皇統
もしも生まれるのが男子なら、藤壺宮は先帝の皇女で、当代の桐壺帝の御寵愛が際立って深い方ですから、後見さえあれば、皇子は登極の最右翼ともなり得ます。
源氏には夢解きのお告げもありました。

藤壺宮で交わる 先帝の系統 と 桐壺帝の系統
(結局冷泉帝には皇子がないし、先帝の血を引く女三宮の子は源氏の子でさえありませんでした)

藤壺宮にしてみれば、
道ならぬ恋を少年時代から変わらず絶え間なく仕掛けて来る美しい義理の子に心が動かないわけでもなかったが、
今懐胎している子が男子なら、父親が誰であろうと生まれた子を無瑕疵の人として即位まで守らなければなりません。
先帝と呼ばれる藤壺宮の父帝に何があったのか。六条御息所を遺して薨去された前坊とは、どなたの皇子であられたのか。
皇統は、一院、桐壺帝の系統に移って、先帝から兵部卿宮、藤壺宮と続く系統は主流に返り咲く目もなさそうです。
高貴な血なればこそ、藤壺宮は隠れた女系の継承者としての使命感を抱いておられたのか。
なよやかな色好みの美男におわす兄君兵部卿宮に、帝位をめぐる闘争心など望むべくもない。
(※ 兵部卿宮は、源氏の須磨隠棲の政変事には、源氏とは露骨な絶交をして見せています。源氏の復権後、そこまでの失墜はされておられないようなので、後に少しだけ語られる宇治八宮を担ぐ一派には加担されなかったのかもしれません。春宮冷泉派、右大臣家派、宇治八宮派、があったとするならばですが)

桐壺帝の後宮


 ・ 醜聞
として子を守る心と、醜聞全てを失う恐怖とが、源氏を拒否させているのでしょうが、妊娠6か月の試楽でうっかり返信しちゃったりして、どう読めばいいのか難しい所があります。

次第に、なのかもしれませんが、子の将来の瑕疵となる源氏に対する断固たる拒否の意志が明確になっていきます。
胤などどうでもいい。ただ自分の名誉を守り、我が身から生まれる我が子を帝位に就けなければならない。
そんな感じが強くなっていくような気がします。

最初は強姦同然とはいえ勘定の合わない妊娠の恐怖に震えていたのが、身近な者にいぶかしがられながらも物の怪のせいでと、不義の罪は何となく有耶無耶になって、大御心など測り知ることもできませんが、帝が疑心よりも若い妻への愛を選ばれたという確信を得たのか?
それを奇貨として、子の為にも我が身の為にも、何としても破滅を回避しなければならないという『母』に変貌していきます。
ペレアスとメリザンド にはならないのです。

『ペレアスとメリザンド』 エドモンド・レイトン

試楽で源氏に返信しちゃうのは油断しすぎな気がしちゃうけど、
それは藤壺宮の罪ではなく、それほどに源氏の舞はこの世ならず凄かったことを示す一挿話に過ぎないのか?

🔷源氏側
試楽の後の藤壺宮からの短い返信に、皇后の資質を見て微笑んでいます。
期するところあってのことかとも思えます。

でも、我が子が登極するかもしれないという降って湧いたような可能性に浮足立っているようにも見えるけれど、
なんだかんだ言っても、藤壺宮恋し以外には何の考えもないようにも見えて、相変わらず脇が甘いまま隙だらけというか、根本的にお気楽で、藤壺宮もこんな男に我が子の即位を邪魔されてはたまらんと警戒を強めるのも尤もと思えます。

📌 源氏の通い先

・藤壺宮が退出しているので源氏が逢瀬の隙を探して毎晩ウロウロしている。それで葵の上は不機嫌である。 と前段にありましたが、
門前払いであろうと、そんなに毎日、秘密裏に宮の里邸に通い詰めることなどできないのではないかと思うやら。毎日表から短時間御用聞きに伺っているということなのかと思うやら。
(📖 宮は そのころまかでたまひぬれば 例の 隙もやと うかがひありきたまふをことにて)

・若紫が寂しがるほど夜な夜な出ていくのは源氏の通い先が多いからだとも書いてあるやら。
(📖 夜などは 時々こそ(二条院に)泊まりたまへ ここかしこの御いとまなくて 暮るれば出でたまふ)

・安定期とはいえ、懐妊中に内裏を出たり入ったりするものかもわからないやら。
一条天皇の 承香殿 女御 藤原元子は、10月に懐妊の兆候があって、暮れに退出とあります。
懐妊後の参内のことはわからないのですが。

📌 元子、頼定など

余談ですが、というか宮廷ゴシップ📢⚡⚡⚡

この元子さんは、懐妊の退出時、子のできない女御の所の女房が鈴なりに覗いていて御簾がこちら側に膨らんでいるのを、女童が「簾だけは孕むんだw」と嘲ったり、
元子さんはその後 水を産んで終わっちゃったり、
一条帝崩御後、為平親王 源高明 の娘の間の次男の イケメン源頼定 と密通して父親に髪を切られたり、馬小屋に住んだり、結局頼定と子を生して幸せに暮らしたりとか、物語の多い方です。

頼定の方も、為平親王 源高明 のラインなだけでも不遇なのに、中関白家と親しくて 長徳の変 に連座しちゃったりと不運な方のようですが、春宮の尚侍綏子を妊娠させて、その検分に来たのが異母兄道長だとか、何かと華やかな感じの人です。イケメンだから!
 ※中関白家方の清少納言さんに名指しでイケメンと呼ばれています。「お美しい公達が弾正の弼なんかにおられるのはどうなのよ!頼定様が弾正の弼だなんてほんとに歯痒いったら! (📖 かたちよき君たちの 弾正の弼 にておはする いと見苦し 宮の中将などの さもくちをしかりしかな)」

元子、義子、綏子、頼定、為平親王、源高明など


眞斗通つぐ美


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