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北村早樹子のたのしい喫茶店 第11回「高円寺 珈琲あろうむ」

文◎北村早樹子

 わたしは演劇に目覚めたのがたいへん遅く、30歳になってはじめて演劇を見るようになった。きっかけは、自分が役者として出演することになったからだ。30歳のとき、サンプルという劇団に客演でお邪魔することになり、そこで、同じく客演で来ておられた、唐組の座長代行の久保井研さんと出会った。

 ちょうどそのとき唐組が新宿花園神社で春公演をやっておられたので、軽い気持ちで見に行ってみた。
 そこで、運命の出会いをしてしまった。
 唐組は演劇だが、場所は劇場ではなく、野外に巨大テントを張って、舞台を建てて上演する特殊な劇団だ。紅テントと呼ばれるそれは、サーカス小屋のように尖がり屋根で、四方八方がその名の通り深紅の生地で囲われているので、中は真っ赤。そんな内臓のような異空間の中で演じられる芝居もまた特殊で、唐十郎さんの書かれる、リリカルかつラジカルかつスペクタクルな莫大な量のセリフを、役者さんたちは独特のグルーヴで畳みかけて来る。
 はじめて紅テントの中に入り、桟敷に胡坐をかいて座って観劇したとき、わたしは雷に打たれたような衝撃を受けた。わたしの大好きな世界ではないか! こんなにおもしろいものがあったのか! こんなにおもしろいものを30年間知らずに生きてきたなんて! わたしの人生間違っていた! そう叫びそうになった。

 唐十郎さんの描かれる物語は、いつも弱者が描かれている。社会の中でうまく生きられない、手足が不自由だったり、心が不自由だったり、何かしら欠けている人間が描かれている。そういう人間を珠玉の言葉で輝かせるのが唐十郎さんのすごさ。不器用に七転八倒しながらも健気に生きる弱者の闘いを見せられ、最後に屋台崩しで舞台が開いて役者さんが借景の中へ消えていく頃にはいつもわたしは号泣している。
 きっとわたしがまだ20歳とかなら、間違いなく入団試験を受けていただろう。わたしもこの世界の住人になりたい、と思ってしまったに違いない。 しかし、わたしはもう30歳な上に演劇初心者で、大好きだけど、あの空間の住人になれる自信はなかった。だからただのファンとして、年に二回の春公演と秋公演をたのしみに見に行っていた。
 そんな、ただのファンのわたしに、あるとき座長代行で演出もつとめておられる久保井さんが、驚く提案をしてくれた。
「芝居の劇中歌を作ってもらえませんか?」
 えーーーー!? いいんですか!?
 はじめてご依頼下さった公演は、『ビニールの城』という、唐さんが70年代に石橋蓮司さん緑魔子さんの第七病棟に向けて書かれた作品だった。腹話術師の朝顔はちょっと心に難ありで人間とナマの関係を築けない。おまけに腹話術の仕事もうまく行かず、相棒の夕ちゃんという人形を捨ててしまった。アパートには前の住人が置いて行ったビニ本があって、そのビニ本の女モモは偶然アパートの隣の部屋に住んでいた。しかし朝顔はナマは苦手でビニールの膜を隔てることでしか自分の思いを伝えられない。そんな朝顔とモモの屈折した恋を描いた美しくも悲しい物語。

 はじめて、唐組の台本をいただいた。びっくりした。なんとわら半紙を糸で綴じたものだった。わら半紙を手に取るなんて、学生のとき以来だ。郷愁スイッチがオンになったが、唐組は旗揚げ以来ずっとこれらしい。
 しかし、台本を読んでも、なかなかイメージが湧かない。わたしの貧しい想像力では、紙の上の言葉を立体的にすることが出来なかった。不安になりながら、稽古場へお邪魔した。すると一気に物語が立ち上がって、言葉が生き生きと動き出した。唐さんのセリフは、役者さんの肉体を通してこそいちばん輝くのだ。でも誰の肉体でもいいわけではなくって、代々受け継がれている唐グルーヴ(とわたしが勝手に呼んでいる)を理解して使用出来る、特殊な教育のもとで鍛えられた役者さんにしか出来ない。改めて、役者さんのすごさ、そして演出のすごさをしみじみ感じた。
 そして、いざわたしが劇中歌を作らせていただく段階になった。歌詞はもちろん唐さんの言葉である。唐さんの言葉に曲を付けさせていただくなんて、恐縮すぎる体験だ。ほんまにわたしなんかでええんやろか。
 歌詞をノートに書き写して、ピアノの前に座り、恐る恐るメロディを付けて歌ってみた。恐縮しているはずなのに、するするとメロディが出て来る。え? なんか、ぴったりとちゃいますか? わたしの好きなコード進行とか節回しの癖が、自分でも驚くほどぴったりハマるんである。言葉とメロディのマリアージュに、わたしはひとり部屋で歌いながら打ち震えた。
 演出の久保井さんや、実際に劇中で歌ってくれる役者さんにも聞いてもらって、色々試行錯誤しながら作っていった。稽古場にも何度となくお邪魔した。
 その稽古場へ行く前に、よく立ち寄っていたのが、こちらの珈琲あろうむ。高円寺の住宅街の角にひょっこり現れる、街の喫茶店。扉を開けると、こじんまりと可愛らしい店内で、やさしいママさんがあたたかく出迎えてくれる。

珈琲あろうむの外観

 ママさんのやさしさはコーヒーや食事にも滲み出ている。アイスコーヒーは普通サイズでジョッキでやってくる。サンドイッチセットをお願いすると、付け合わせにすごいたっぷりサラダがついてくる。レタスにきゅうりにトマト、それにもやしやわかめや切り干し大根まで入っている。野菜をたっぷり食べられるよろこび。ちなみに、ドレッシングは3種類運ばれてくる。和風とごまとサウザン。サラダだけでもおなかいっぱいになりそう。サンドイッチも、トーストされたパンに野菜も一緒に挟んでくれている。ママさんの愛情たっぷりごはんがしっかり食べられる素晴らしい喫茶店だ。

普通なのにジョッキに入ってるアイスコーヒーと北村さんを魅了するサンドイッチセット

 カウンターからはママさんと常連さんのたのしいおしゃべりが心地よく響く。唐組の稽古場は役者さんのエネルギーがすごいので、わたしもあろうむで台本を読みながらしっかりエネルギーをチャージし気合を入れて、いざ稽古場へ行ってきます。

あろうむの店内

今回のお店「高円寺 珈琲あろうむ」

■住所:東京都杉並区高円寺南2―52―12 光コーポ1階
■電話:03―3314―6609
■営業時間:7時~16時 
■定休日:日曜日

北村早樹子

1985年大阪府生まれ。
高校生の頃より歌をつくって歌いはじめ、2006年にファーストアルバム『聴心器』をリリース。
以降、『おもかげ』『明るみ』『ガール・ウォーズ』『わたしのライオン』の5枚のオリジナルアルバムと、2015年にはヒット曲なんて一曲もないくせに『グレイテスト・ヒッツ』なるベストアルバムを堂々とリリース。
白石晃士監督『殺人ワークショップ』や木村文洋監督『へばの』『息衝く』など映画の主題歌を作ったり、杉作J太郎監督の10年がかりの映画『チョコレートデリンジャー』の劇伴音楽をつとめたりもする。
また課外活動として、雑誌にエッセイや小説などを寄稿する執筆活動をしたり、劇団SWANNYや劇団サンプルのお芝居に役者として参加したりもする。
うっかり何かの間違いでフジテレビ系『アウト×デラックス』に出演したり、現在はキンチョー社のトイレの消臭剤クリーンフローのテレビCMにちょこっと出演したりしている。
2017年3月、超特殊装丁の小説『裸の村』(円盤/リクロ舎)を飯田華子さんと共著で刊行。
2019年11月公開の平山秀幸監督の映画『閉鎖病棟―それぞれの朝―』(笑福亭鶴瓶主演)に出演。
2019年より、女優・タレントとしてはレトル http://letre.co.jp/ に所属。

■北村早樹子日記

北村さんのストレンジな日常を知ることができるブログ日記。当然、北村さんが訪れた喫茶店の事も書いてありますよ。

■北村早樹子最新情報

8/29(月)
『北村早樹子ワンマン第7回』
場所:阿佐ヶ谷よるのひるね
時間:19時半開場19時45分開演
チャージ:2000円+1ドリンク
ご予約の方は名前と枚数と連絡先をkatumelon@yahoo.co.jp まで送信してください。完全予約制です。



 

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