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ふわふわ #6


〜それははじめて恋を知った少女の、幸と不幸とそして癒やしと再生の物語〜


「あ、あたし大丈夫です。ちょっとすり傷ができちゃったみたいで、ヒリヒリ痛むけど、本当に大丈夫だから…そんな…そんな泣きそうな顔しないで下さい。わ…わたしも泣きそうに…なっちゃいます…」
 あたしは手のひらで顔を覆い、胸の奥から湧き上がる涙を流すまいと必死になった。
「わたしは…依月先生を恨んだり憎んだりしていないから、殴るなんてこともしません」
「…君は優しいね。でも、怪我したところはなんとかしないとね」
 そう言う依月先生は、肩から斜めに掛けた、上品なグレーのスマホショルダーケースから、小さくてペラペラしたものを、絆創膏ばんそうこうを取り出す。
「ちょっと上向いて」
 依月先生は、あたしの前髪を左右に分けてピタッと貼る。
「これ傷を癒やす薬が付着されているみたいだから、きっと治るの早いと思うよ」
「…は、はい」
 依月先生はあたしが、必死に前髪で絆創膏を隠している姿が面白いらしく、両膝に手を乗せて、あたしと視線を合わせると、なにか面白そうに笑う。
「な…なんでしょうか…先生?」
「俺としては膝小僧の部分も絆創膏貼ってあげたいんだけど…場所が…場所だし。どうしょうかな〜って。宮坂のセーラー服のスカート、ちょっと短めだし…ねえ…。どうする?自分で貼る?それとも…俺が貼ろうか?」
 依月先生の爽やかな笑顔の下に隠れた下心に気づいたあたしは、先生の手から強引に絆創膏を奪い取り、
「ご、ご心配なく!自分で出来ますっ!」
と、ペタンと座ったまま左膝を立て絆創膏を貼る。よし、問題解決。行くとこ行くと言う依月先生は、お父さんの働く会社の部下の息子さんなんだから、信じてついていかなきゃ。もしなにか危ういと危険を感じたら、逃げればいいだけのこと。…怪我人だけど。あたしは最悪の事態を考え、どう回避するか頭の中でぐるぐる考えながら、立ち上がったその瞬間…
「…っ…痛っ!」
左の足首にキュッと痛みが走った。
「…美羽ちゃん?」
 振り向いた依月先生の眸に映ったのは、地面から立つにも立てないでフラフラしているあたしの姿。
「大丈夫!?」
 依月先生は瞬時にあたしを受け止め、姿勢を正してくれる。
「…どこか痛いの?」
 天使のように中性的な雰囲気全開で訊いてくるし、特にその色気ボイスに顔が直視できない!
「…あ…足首ひねってしまったみたいで…ちょっと痛みます」
 あたしが、しゅんと落ち込んでいると、突然依月先生が、あたしの背中と両膝の裏に腕をすべり込ませる。
え…?
なにこれ…
こんな人通りのあるところで、お姫様抱っこ?
こ…こんなことされたら、聞きたくない言葉も聞こえてくる。
「見てみてあの二人!イケメンがお姫様抱っこしてる!何かあったのかな?でも…絵になる〜」
「きゃあーっ!なにあれなにあれ、超絶格好良いんだけどーぅ」
「おい見ろよあの女の子。小さくてさー、俺タイプかも。お人形抱っこしているみたいじゃね?しかも、男の顔…つーか雰囲気?何処かのホストかよ」
「ってか、あのセーラー服宮坂中のじゃね?ホストの方が、中学女子にまで手ぇ出してんのかよ?犯罪じゃねー?」
「ゲ、マジそれヤバっ…」
 ただ足を痛めて上手く立てないから抱えてもらっているのに…なんで…誹謗中傷みたいな言葉。みんな酷い。
「ねえ…ここにたむろっている君たちに一言言わせてもらうよ、聴く価値あるでしょ。この子は俺の不始末が招いて怪我してんの。責任放棄して俺だけ帰るなんて…普通一般的に考えても出来ないよね。そこをさあ、おもしろ勝手にネタにするのって…俺的にはめっちゃ腹立つんですけど。俺の行為に文句があるなら…良いよ…なんとでも言ってくれて。けど、美羽の冷やかしや悪口は…俺、どんなことでも許さないから。ほら、そこの3人組男子、美羽を下心で見ないでほしいんだけど…っと…それに、スマホでこの状況隠し撮りしている君も、法に訴えるよ。困るんなら、今すぐスマホ捨てて帰りな」
 だめだ、依月先生我を忘れてる。
「あ…依月先生。も、もうここから離れましょう。騒ぎがひどくなって、依月先生の大学や、宮中の耳に入ったら…例えあたし達が悪くなくても…もっと嫌な思いをすると思います!」
 あたしが、ぎゅーっと依月先生の頭に腕を回して、必死に訴えると、依月先生は、ハーッと息を吐き、
「そうだね。こんな低レベルな言い合い、価値ないね。じゃあ、君たちも大袈裟になる前に大人しく帰ったほうが良いよ」
 にっこり天使スマイルを浮かべて、あたしを抱きかかえ、歩き出した。
「依月先生…これから行く場所は父も知っている場所なんですか?」
「ん〜Bの65あたりかな。当たっている?」
 一瞬キョトンとして、眸をパチパチしているあたしに、依月先生がまたもや、あたしの耳元で、
「胸のサイズ」
と、ニヤリと笑う。
「もっ…もおーーっ!依月先生の変態!信じられない…」
「だってさ、君が俺の頭に胸を押しつけてくるから…男としては…計測しちゃうじゃん」
「そっ…そんなこと…依月先生ぐらいです!」
 やっぱりクズだ。ダメ男だ。少し前までに、格好いい態度だったのに、根はやっぱりクズ!!
「残念でした。俺は悪いクズでダメ男だから、身の安全は保証できないから。身体を守る行動をしてください」
地震、災害時の時のアナウンスを真似て返事する依月先生が、
「勿論。どこか、父君には内緒の場所に連れ去ろうなんて思いもしないよ。そんなことしたら、まず俺の前に俺の父親に何かしらの処分を下されるよ」
 あまりの正論にあたしは頷き、それもそうだと考え直す。
「喫茶店」
「は?」
 喫茶店て、スタバとかの?
「老舗の喫茶店だよ。そこで、今後の勉強のプランとかさ、もろもろ、予定を組もうかとね。さ、着いたよ」
 依月先生はあたしを身体からゆっくり下ろして、視野の高低の差にすこし酔い気味なあたしに言う。
「喫茶店、月兎耳つきとじへようこそ!」

ふわふわ#7へつづく



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