見出し画像

【創作】真冬のその先にact.2



 まふゆは、まりんの身体をそっと離すと、
『…でも』
と口の中で呟く。
 まふゆは口ごもり白銀の少女を見つめる。もとは、美しのであろうその肌は薄汚れ、顔を見れば生気のない虚ろな表情。アクアマリンの眸もどこか、生きることを諦めてしまったような…光の差さない色に思える。
 身なりは、ツギハギだらけの薄汚れたワンピースに靴擦れを起こしている、サイズの合わない木靴。か弱い木を連想させる少女の肢体は栄養不足故だからだろうか。とてもまともではない、下層の働き場所で下働きをしているようだ。このように、哀れみを抱かずにはいられない、まりんの容姿を見つめながら、まふゆはブーケを買い求めに来たのは、彼女の主からの使いなのだと悟った。とても、まりんの身なりの少女が買い求められる額では無いからだ。
 ずっと荒い息のまま、まふゆが、身体を動けないでいる様子を見守っていたまりんは、
「…だ…誰か助けを呼びに行きましょうか?」
と、スクっと立ちあがり、一歩を踏み出そうとしたまりんの腕をまふゆが掴む。
「…僕ね…非常に稀なケースの感情障害なんだ。喜怒哀楽のうち…楽の感情しか持たない。物心ついたときから、僕は家族や、友人…他人に何をされても笑っているんだ。壊れているって解っている。でも…君の声を聴いたとき、今までにない感情が押し寄せてきて…産まれて初めて涙を流した。…僕…今まで生きてきて21年経つけど、その同い年の分の情が体内で暴れて、一度どこかへはき出さないと落ち着きそうにない。君にだけ感情が動くんだ。先程の、艷やかなお姉様たちには、楽の感情しか湧かない。ただ、楽しいだけ。僕は人間として半人前かもしれない…それで良いとも思っている…君が居てくれれば。狂わずに済む。身勝手なのは理解しているよ。でもね、この苦しみから解放されたい。…まりん、お願い僕を助けて。君の声を聴いたときから…ずっと欲情が止まらないんだ」
 まふゆの言葉を聴きながら、まりんは空恐ろしくなり、まふゆの手を振りほどこうとする。
「だめ…。勘違いをしています。わたしなんかより、お医者様に診てもらっ…」
「医師にはとっくに見放されているよ。とても前例がないから、手に負えないって」
 まふゆの声が重なる。
「…そうだしても…わたしには無理…です」
 辛そうにまりんが言葉を絞り出すと、まふゆは、背後からまりんを抱きしめ、細い肩に顔を埋める。
「お願い…まりん」
 その瞬間、まりんは得体の知れない感覚…足元からゾクゾクと震えが走り、腹部まで昇りつめる。
「あ…何…これ…」
 まりんは正体不明の感覚に、ガクガクと膝が震えて、ピンと張った線が切れるかのように、意識を失った。


 まりんが目覚めると、そこは薄暗い部屋で、しかし品のある調度品に囲まれた落ち着いた部屋だった。
「…ここは…お花屋さん…まふゆさんのお部屋?」
 寝かされている、大きなベッド。羽毛のふわふわとした掛け布団に、その心地よさにまりんはギュッと握りしめ、俯いた。
 少しすると、すぐ側から芳しい花の香りがしてきた。疑問に思い、視線を彷徨さまよわせると、ベッドのサイドテーブルに小ぶりの水さしとコップが置かれ、白いメッセージカードが添えられていた。
 まりんは、緊張のため震える手で、どうにかカードを掴むと、簡潔なまふゆからのメッセージが記されていた。

『先程は身勝手なことばかりして、ごめん。ラベンダー水を作りました。君の心が少しでもリラックスできるように祈って…まふゆ』
 
 そのメッセージを読み終えた瞬間、まりんは涙が込み上げてきて、まふゆの心遣いにどうしょうもない感謝と、愛おしさが溢れて、号泣した。こんなにも無償で優しくしてくれる人に、まりんは出会ったことがない。
「まふゆ…さん。わ…わたし…あなたのお役になりたい…」
 愛情に飢えていた自分を、はじめて一人の人間として扱ってくれた彼に対し、その無償の愛に感謝せずには居られなかった。まりんは腕を伸ばし、水差しからラベンダー水をコップに注ぎ、コクコクと飲んでみた。スーッとした味覚に、ささくれ立った心が癒やされていく、そんな感覚だ。
「…とってもおいしい」
 まりんは2杯目を飲むと、硬かった表情に、自然と笑みがこぼれた。
 ふと、自分の身につけている服が、ツギハギのワンピースではなく、上等のシルクの男性用のシャツだと気づいた。あまりの肌なじみの良さに、今の今まで忘れていた。長身痩躯のまふゆの身体用なので、まりんが着ると、シルクのドレスのようになった。腕のボリュームスリーブの長さこそ、まりんには長すぎたが、クルクルとまくれば、どこからどう見ても、どこの仕立て屋にも負けないシルクのドレスが完成した。まりんは、顔を伏せ、
「…ありがとうございます。まふゆさん」
感謝の気持ちを込めて呟くと、何処からかガッシャーンと何かが壊れるような音が聴こえてきた。
「…今の音、なに?…まふゆさん!?」
 まりんは、衝動的にまふゆの寝室から飛び出す。そこは、吹き抜けの空間になっていて、直ぐ側の螺旋階段を見つけたまりんは、素足のまま階段を下る。
「…お花屋さん!?まふゆさん!」
まりんは花屋の作業場まで降りて、長方形の木製の大きな作業台が転倒さている有り様を見て、一瞬言葉を失った。それから、鋏や、ナイフ、ペンチといった作業道具も床に散らばっている。
 まふゆは、倒れた作業台の陰に膝を抱え座り込んでいる。
「まふゆさん…どうかなさったのですか?」
 まりんの問いかけに、まふゆは表情を硬くしながら、まりんを見つめ返す。上着の白のジャケットを脱いだ、黒のシャツという身軽な格好をしている。
「駄目、だよ。今の僕に近づいちゃ。感情が暴れて…仕方ないんだ…。君に危害を与えてしまうかもしれない…だから…お部屋にお戻り」
 そう言って左腕のあたりから、赤い鮮血が流れているのを見て、まりんは息を呑む。。そしてまふゆの手には、ナイフが握られている。
自傷?
まりんは、詳しくまふゆの状態をを伺おうと、足を一歩踏み出すが、
「お願い。今の僕は飢えたサバンナの肉食動物みたいな存在だ。危険だから…お願い、僕に近づかないで!」
 呼吸を荒くしながら、どうにか自分の気持ちを伝え終わると、まふゆは、再びナイフを握る。
「だ、駄目です。もうこれ以上傷つかないでください!」
 まふゆは怯えた子どものように、首を振りながら来ないでを繰り返す。
「ああ…まりんどうして言うことを聞いてくれないの?」
 黒いシャツの胸元を更に強く握り締めながら、まふゆは苦しそうにポロポロと涙を流す。
「わたし…まふゆさんを救いたいんです…あなたが、わたしに優しくして下さっから」
 そう言って、まりんは微笑みながらまふゆの背後から、まふゆの形の整った耳をクチュ、クチャと甘咬みしていく。
「…あ、ああ…」
「安心して下さい。耳は性感帯の一部なので、気持ち良いでしょう?」
 右耳、左組を一通りすると、まりんはまふゆに語りかける。大分、荒れていたまふゆの拒否反応が薄れていく。
「次ぎは…指」
 まりんは、細く長い、男性にしては手入れのゆきとどいた、両手を優しく握り締めると、ひとつひとつを口に含み、舐めていく。
「あ…ああ」
 まふゆの表情をこまめに伺いながら、トロトロに蕩けた表情を見て、まりんは満足する。
「如何ですか?少しは楽になりましたか?」
 まりんは、一応尋ねる。
 そう言いながら、まふゆが握り締めていた手のひらの凶器を、スッと取り除き、自分の身体の背後に隠す。
 一方、まふゆ自身は表情を和らげ、ポーッと夢見がちに頷く。
「うん。だいぶ良くなったよ」
「それは…何よりです。わたしの事、覚えていますか?」
 まふゆは、頬を赤らめながら、
「…僕の大事な女の子」
と、呟く。それを聴いて、まりんはこれ以上にない幸せの笑みを浮かべた。
「…寝室に行っても…構わない?」
 まふゆが、普段の完璧な美青年の姿をすて、初恋に目覚めた少年のように、おどおど訊くと、まりんは頷き、
「…貴方のためなら」
と、まふゆの耳もとで囁いた。その嬉しいひとことを噛みしめ、まふゆは、
「うん」
と、ようやく笑顔を取り戻し、頷いた。


真冬のその先にact.3に続く


初めましての方、改めましての方、
こんにちは。
ふありの書斎です。
まず、最初に、まふゆの持つ障害は90%が仮想です。本当は、現実にある障害を表現したかったのですが、何分知識がないもので、得られる情報もスマホや電子辞書のみなので、ここはもう仮想の障害を作ってしまおうと、思い至りました。なので、心理学や精神主義や精神学などがお得意の方は、福山雅治さんの『ガレリオ』のように、「理解出来ない」と、首を振らないで下さい。けれど、辞書を紐解けば確かに『感情障害』というものは、存在するのです。
act.1で、まふゆがニコニコの笑顔をばら撒いているのも、それ故、なのです。この、心に欠けた部分をお互い支えながら成長していくふたりを、どうかあたたかい目で見守って下さると、嬉しいです。

最後に、今回も引き続き、美麗なまふゆの、モデルとなった美イラストを、貸して下さった月猫ゆめや様。心から、感謝と尊敬の念を表示したいと思います。本当に有難うございました。

そして、次回ですが、まだ投稿のめどはついていませんが、何分持病があるので、いつ頃とか詳しくは語れないのですが…。わたしなりのペースでnoteライフを進めていこうと、心に深く刻んだので、不定期な作品ですが、今後とも宜しくお願いします。

2024.2
ふありの書斎

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?