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【創作】真冬のその先にact.4



「すっげぇ、俺、天才かも!」
 玲瓏黒猫れいろうくろねこの館の台所(もとは調理場だった)で、ディフォが海老ドリアの味見をしながら、大きくガッツポーズをとる。
「…主、俺、マジ料理の天才だわ」
 ぶつぶつ自画自賛しながら、鼻歌を唄いオーヴンから出てきた、軽く表面に焦げ目のついたドリアを3人分の器に分けて、出来栄えの良さに頷く。
 ディフォの料理時の格好はトレードマークの赤のマントを外し、黒のロングコートも脱ぎ、黒のスエットに黒のスキニーパンツという軽装で、細身だけれど、(可愛らしい、ゆるキャラのうさぎのエプロンがお気に入りで、調理時には欠かせない)筋肉が程よくついていて、顔は童顔、右目の涙袋の下に小さなホクロがある。正装すれば、口は悪いが若い娘がときめくような美少年だった。本人は女子にはあまり興味がなかったが、先程の可憐でどこか儚げなまりんを見て、あー主のところに押し寄せるミーハー女と、明らかに雰囲気の違う少女に、
「…あ、主に先越された感で、屈辱的感一杯なんスけどねー」
 ディフォが独りごちると、
「ああいう儚げな子は、繊細な主より、強い俺が守ってやらないと…っ…っでぇ?!」
「誰が守ってやらないとね、だ?」
 ディフォの背後から、大きなフライパンを片手で持った美麗のまふゆが、不機嫌そうにポンポンポンと、軽く叩いていくので、ディフォは段々体を曲げて『まふゆ的お仕置き』を享受した。
「…っ…痛ぇ」
「これでも十分手加減しているけど…まりんのこと侮辱した罪で…本気…出してもいいよ」
いえ…いえいえいえ、侮辱なんてしてません、と両手を振りながら否定するディフォ。
「たっ…ただ…天使みたいに清らかな子だなーって思って…その…感動してたんス!」
 まふゆは、頷く。
「確かに…まりんは僕にとっても勿体ないくらいの存在だよ」
 金糸の後れ毛を耳に掛けながらまふゆは、感慨深く言う。
「…そ、その。俺、嬉しかったんスよ。主が、俺に怒ってくれて。…ほら、だって主、俺がなにしても怒らないし、ただ笑顔で受け流してしまう所とか…麗人は、皆そんな存在なのかなーって、無理矢理納得させてたから、天使ちゃんが魔法でも掛けたのかなって…」
 まふゆは、ディフォの言葉を真剣に聞きながら、ほんのり頬も赤く染めたりもして、その通りだよと、心なかで頷いた。感情を抱けたのは、全てまりんの献身的な支えがあるからだ。
「お互いのプライベートについては、関心しないこと。これ、君を家政夫に選んだときの誓い、忘れていないよね?」
 ゆっくり、穏やかに語るまふゆの声は、少なからず、圧力が込められていた。
 美人の圧力は恐い。
 凡人の10倍の効力を発揮する。
 「も、もう。解っていますから、これ以上怖いこと言わないで下さいよ…主」
「はいはい。ん、良い子」
 そう優しくまふゆが言うと、手を伸ばし、ディフォのウルフカットの頭をよしよしと撫でる。
「う〜俺、主に頭撫でられるの…好きなんス。女みたいに細くて長い指や、手のひらとか大きくて…安心しちゃうス」
 ピクリと一瞬まふゆの手が止まったが、まあ、いいやと撫でるのをそこで止めない。
 その時、2階の吹き抜きからまりんが現れ、螺旋階段を足早に降りてくる。
「…どうしたの?お腹空いた?」
 まふゆが、腰を屈め、まりんと同じ視線まで顔を合わせると、今度はまりんの白銀の髪を梳きながら、よしよしと呟く。
「…わたし、そろそろ帰らないと。きっと、奥様がわたしが戻らないので、困っていられるかも…しれないので」
 まふゆは瞠目する。
 そして、まりんの細い腕を引っ張りぎゅっと抱きしめると、両頰を手のひらで包む。
「駄目だ!まりん…僕、話したよね…君が居ないと僕はまともな人間では居られない…感情の欠けた人間に戻ってしまうって。そんなの…そんなの耐えられないよ…」
 まふゆの縋るすが言葉は、まるで子供の悲鳴のようにも聞こえた。でも…と、まりんは呟き、
「お花のブーケ…早く買って帰らないと、奥様に叱られます。それに…旦那様も…きっと怒って、また手をあげられるかも…しれません…それだけは嫌。怖いです」
 まりんは、震える手でまふゆにしがみつき、大粒の涙を零す。まりんの怯えた姿に、まふゆは奥歯を噛みしめ、なんとしてでも彼女を救いたいと、正義感が宿った。
「…それに、大好きなゆづる様に会えなくなるのも…淋しい」
 まふゆが何か言いたげに口を開いたと同時に、後ろからディフォに首根っこをグイと掴まれた。
「…主。天使ちゃんには天使ちゃんの生活があるんですよ。アンタの身勝手に逐一つきあうのは無理ッス」
 ディフォの道理にかなった言葉に、まふゆはただ悔しそうに黙っているだけだった。
 まりんは、そっとまふゆの両手を頬から離すと、ひとつにして、そこに慎ましく口づける。そのまりんの健気さに、まふゆは心打たれて口走る。
「僕は…今とても悲しくて…淋しくて涙が止まらない。でもこの気持ちも、涙も全て君が側にいるからなんだ。感情を与えてくれた君が今、ここに居てくれるから…だから…お願い。側に居て…まりん」
 まふゆの悲痛な叫びに、まりんは床にしゃがみ込み両手を床につけ、そこに涙の雫がポタポタとこぼれ落ちる。
「…まふゆさんのお気持ち、お察しします。わたしもお側に居たいです。でも、それには色々と清算してからでないと…」
 まふゆは、床に座り込み、ペタンとついたまりんの両手を握りしめ今度はその小さな手を自分の頬に当てる。そのまふゆを見つめ、まりんは、
「大丈夫、わたしは…すぐ戻ってきます」
と、力強く言い切る。
「そんな…そんな確証なんて何処にもないよ!君が、遅れて帰宅したら…その『奥様』に、手酷く叱られるのではと…考えただけでも…僕は気が狂いそうだ」
「…ごめんなさい」
「今…こんなにも僕の感情が動いているのは君のおかげなんだよ。こうして、ディフォに怒ったり、君にずっと僕の側に居てほしいと願う…この僕のやるせない感情も…全部、全部君が居るから…。だからね…お願い。僕の側を離れないで…」
 ツーっと涙を流しながら、切願するまふゆに、まりんは小さく頷くと、
「…分かりました。まふゆさんは…わたしにとって恩人だから…貴方の苦しむ姿はわたしも苦しいです。ですが、わたし…正直…まふゆさんが思っているような女の子じゃありません。わたしは…下層のとある商会で下働きをしている…みすぼらしい身なんです。そこでは、ご主人さまは、タバコやお酒に依存し、奥様以外にも、沢山のお妾さんがいます。わたしは…まだ、大人になっていないから、手を出されたことはありませんが、ご機嫌の悪い時に…わたしに折檻を与えられます。恐ろしい言葉を…怒鳴り浴びせられます。でもわたしは孤児で、頼る方も居ないから、奥様の下女としてお世話させて…」
「もういい!もうやめて!もうそれ以上は言わなくていいよ。君がどんなに苦しい立場に居るのか…十分判ったから」
 まふゆは涙を拭い、
「僕も君も同じ泣き虫だね」
と、呟き微苦笑を浮かべる。
「…そうですね」
 まりんが涙を両手で隠すと、ただ、と続ける。
「わたしには、いえ…わたしの亡き両親には多額の借金があるらしく、その金額は教えて頂けませんが、とにかく…わたしが一生涯働いて、やっと返せる額だと…伺っております」
 ですから、と言葉をつなぐまりんを制して、瞬間、ディフォがまりんの両肩を掴むと、まりんの腰にクイッと膝で力を入れ立たせる。そうして、その細い身体をまふゆに預ける。
「ひでーな…何だよそのいかにも悪役王道的なご主人さまはよ。胸クソ悪ぃ。もっとマシな嘘を考えろつーの」
 コツコツ、ミドルブーツの踵の音を立てディフォが頭を掻きむしる。
「そんな卑劣な人間のもとに帰る必要はないよ。僕の知り合いに弁護士がいる。女性だけど、男負けしない、強気で逞しい人だよ。きっと、力になってくれる」
 まふゆは、徐々に眸を大きくひらいて驚くまりんに、続ける。
「まりんの言うその『商会』とやらも、徹底的に調べる必要があるね。ディフォ、そっちの方は君の得意分野だよね?」
 まふゆは、涙の跡が消えかけた表情で、例えるなら、誇り高い貴公子のように、凛とした表情でまりんに微笑んだ。
「…夢…みたい…」
 まふゆの自信に満ちた言葉と微笑みで、心強くなったまりんは、ありがとうございます、と深々と頭を下げる。
「夢なんかじゃないさ。仮に夢だとしても、それを現実にするんだよ」
「あ〜熱い。熱い。二人とも俺が作った海老ドリア、食べないんスか?」
 見つめ合うまふゆたちを、からかうと、ニヤニヤしながらディフォがドリアの皿を引き寄せ、銀スプーンでひと口食べる。
「ん〜。やっぱ俺、天才だ」
 無邪気にパクパク食するディフォを見ながら、まふゆとまりんは笑いを噛み殺す。
「じゃあ、僕たちも食べようか?」
「はい。まふゆさん」
二人は、調理台に置きっぱなしの手つかずの海老ドリアを食べるべく、椅子に腰かけ、
「は〜いよっと。スプーンでお食べ、お似合いさん」
ディフォの軽口で頰を赤く染めながら、まふゆとまりんはは海老ドリアをスプーンですくった。

真冬のその先にact.5に続く 
 
 


はじめましての方、
あらためましての方、
こんにちは。
ふありの書斎です。
『真冬のその先に』シリーズをご愛読して下さる方々、ここまで有難うございます。物語は中核を迎え、これからまりんちゃんの救出劇が始まります。まりんちゃんを悪党から救うべく、まふゆ、ディフォ、そして新たなキャラクター女性弁護士がいよいよ登場します。物語の大きな転機となりますので、わたしも自分に挑む気持ちで綴りたいと思います。

最後にまふゆくんのモデルとして美青年くんのイラストをお貸し下さった月猫ゆめや様。今回も扉絵でお世話になりました。また、次回もよろしくお願いします。

それでは、皆さま、寒さが本格的に厳しくなって参りましたので、お身体を大切に。
お風邪など召されませんように…皆さまの健康を願いつつ。

2024.2
ふありの書斎

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