消えたセーター少年

寒くなると、祖父の形見であるセーターをよく着ています。
変な模様などがなくシンプルで、暖かいのでお気に入りです。

かつて、そのセーターを侮辱する愚か者がいました。
近所に住む少年です。名前は知りません。
僕が外を歩いていると「や~い、セーターのおっさん!」と叫んできます。
にらみ返すと、少年はキャッキャと笑って逃げていきます。
セーターのなにが悪いというのか。まったく失礼極まりない。
大体この小僧、僕が20代のときから「おっさん」と呼ぶのです。

でもまあ、子供のやることです。
実害があるわけではないですし、かわいいものでしょう。
いつしか冬になると、少年に叫ばれるのが楽しみになっていました。
かれこれ5~6年ほど、僕は「セーターのおっさん」であり続けました。

ですが、一昨年の冬。
そのときも「そろそろかな」と少年の登場を期待していました。
いくらセーターを着て外を歩いても、一向に叫ばれません。

少年は、もう子供じゃなくなっていたのでしょう。
僕が「セーターのおっさん」と呼ばれることは、もう二度とないのです。
いつのまにか、本当のおっさんになってしまったというのに。
そしてきっと少年が大人になったとき、僕のことなど忘れているでしょう。

今年も寒くなってきたので、セーターを出しました。
ところどころ小さな穴があき、わずかに黒ずんでいる部分もあります。
そう気づいた瞬間、僕は少年の声色と顔を、思い出せなくなっていました。