『小説ですわよ』第11話
※↑の続きです。
ステージの上手と下手、それぞれから2名ずつ、人影が背を向けたまま躍り出てくる。
4つの影がこちらへ振り向き、気だるげなステップを踏み始めた。
影がステージの階段から降り、スポットライトもそれに追従する。
「はあ!?」
舞は4人の姿をハッキリと捉え、目を剥いた。
中央――いかりや長介のポジションに綾子。
右端――高木ブーのポジションに、いつのまにか人間に戻った岸田。
中央左――仲本工事のポジションにブルー。
左端――志村のポジションはいない。
なにより信じられなかったのは、中央右――加藤茶のポジションにいる女だ。
その“黒スウェットの女”は、真剣なのか無表情なのかよくわからない顔で、オープニングテーマのステップを踏む。その度に、長くサラサラとした髪が横へ流れるように揺れる。
「ど、どうして……」
舞は幻覚ではないかと、目を凝らす。だが何度見ても、加藤茶のポジションにいるのは“彼女”だ。今ここで舞が戦っている大きな理由のひとつ。宝屋の手で無残に殺されたはずの“彼女”であった。
「どうしてあなたが生きてるんですか、イチコさぁぁぁん!!」
イントロが終わると同時に舞が叫んだ。4人は意に介さず、口ずさみ始める。
「イ、イ、イチコの大爆笑~♪」
4人のドリフターズはステップを踏みながら、客席の真ん中にある通り道を進み始める。さらに倒れた舞を通り過ぎていき、明かりが落ちたホールの真ん中で微妙なステップを踏み続ける。
舞は昔から気になっていた。本家のあれはやる気があるのか、ないのか、意図的に脱力しているのかわからない。
宝屋を見上げると、やはり震えたままその場を動かない。というより理由はわからないが動けないのだろう。ホールの隅で縛られたままの神沼も、口をパクパクさせている。
「なんだこれは……ふざけるな……ふざけるなよ!」
宝屋が声を荒げた。
「あはは、本当にねえ」舞が答えると、宝屋にキッと睨まれる。
茶化しているのではなく心から同意したつもりだったのだが、怒らせてしまったようだ。
(いったい、なにがどうなってるの?)
改めて疑問が湧いてきたので、自分なりに整理してみる。ハイエースがテポドンとなって飛ぶ前、事務所で綾子は切り札の準備をすると言っていた。それが、このドリフごっこなのだろうか? 現に宝屋の動きが封じられている。ならばなぜ、さっさと宝屋や神沼を返送してしまわないのか?
最大の疑問はイチコだ。なぜ生きている? 頭をショットガンで吹っ飛ばされたのに。ああなっては、板尾創路のブラックジャックでも治しようがないだろう。綾子の魔法か? 返送者の能力をドライブレコーダーで解析したクリスタルを使った? であれば、綾子がイチコの死を嘆き悲しみ、怒っていたのはなんだったのか。そして私の胸に空いた穴のような喪失感は、どこにぶつければいいのか。
考えているうちにドリフのオープニングテーマは2番が終わり、間奏に差し掛かる。
そこで黒っぽいジャージの男が、舞へつかつか歩み寄ってくる。いや、男かどうか暗くてハッキリしない。顔立ちが整っていて女性にも見える。今のご時世、男か女かで人を判別するのは野暮というものだ。その人物は舞の肩を揺すった。
「水原さん、ドリフに加わってください」
「えっと? あなたは?」
「ネイビーブルーです」
ジャージの黒っぽい色は、紺色だった。
「私、顔がいいこと以外は、まるで影が薄くて……イチコさんと色がかぶっちゃってるし……でも存在感のなさを活かして、潜入調査なんかを担当してるんです……」
「あ、自分語りは後で聞かせてね。私、全身が痛くて動けないの。ドリフに混ざれったって、どうしようもないよ」
言ったそばから、舞は身体の痛みが消えていることに気づいた。傷がふさがり、血も止まっている。難なく上半身を起こすことができた。さらにネイビーブルーが差し出した手をとり、立ち上がる。
「行ってください、水原さん。あなたは志村けんです」
ネイビーの指さした方向は、ドリフ集団の端。志村けんのポジションだった。
そこで加藤茶ポジションのイチコが舞へ振り向き、グッと親指を立て、目を細める。そしてすぐに向き直り、ステップを踏み始めた。
(いや、グーッじゃねえぞ。すべてが終わったら、相撲だなこりゃ)
間もなく間奏が終わり、3番に差し掛かろうとしている。舞は怒りを飲みこみ、志村けんポジションにつく。
「イ、イ、イチコの大爆笑~♪」
右に半歩、左に半歩。肩を微妙にゆらし、前を見据え、表情は無あるいはややニヤけ、腕を腰のあたりで揺らす。これぞ日本人のDNAに刻まれた、世界に誇るエンターテイメント・ドリフ大爆笑オープニングテーマのステップである。
舞はポジションについた途端、誰に教わるわけでもなく当たり前のようにステップを踏むことができた。気づけばオープニングテーマは4番に差し掛かっていた。
しかし未だに、ドリフごっこの意味はわからない。
と、これまで放心状態だった客たちが一斉に立ち上がった。そして偽ドリフターズの周囲に集まってくる。
(これって……まさか、まさか!!)
客たちはチアガールのように腕を振り、足を蹴り上げ、その場で1回転し、また腕を振る。一致乱れぬバックダンサーぶりは、まさに――
(スクールメイツ! 客がドリフの後ろで踊るスクールメイツになっている!?)
舞は少しずつドリフごっこの意味がわかってきた。
そしてついにオープニングテーマは4番のラストを迎える。
「そろ~ったところではじめよう♪ そろ~ったところで、は~じ~め~よ~う~♪」
舞を含む偽ドリフスターズは後ろへ数歩下がる。客のスクールメイツたちがそれを円形に取り囲む。
アウトロが終わるタイミングに合わせて、舞たちが右拳を突き上げると、スクールメイツが手をヒラヒラさせた。ボンボンを持ってないので、その代わりであろう。
偽ドリフターズに浴びせられたスポットライトが消え、ホールは元の明るさを取り戻す。
そしてスクールメイツ……いや、洗脳されていた客たちは一斉にホールの出入り口から走り去っていった。
綾子が安堵のため息を漏らし、静寂を破る。
「洗脳、解毒、敵の超常能力の無力化、これにてすべて完了。水原さん、よく時間を稼いでくれたわ」
「社長の切り札って、ドリフごっこだったんですね」
「ええ。これだけ大規模な魔法を発動させるには、相応の儀式が必要なのよ」
「なんでドリフなのかは……やっぱり聞かないほうがいいんですか」
「別にいいわよ。みんなが知ってるし、貴方たちも思い入れがあるでしょ? 魔法は使用者と対象の、心の揺らぎが大きければ大きいほど効果があるのよ」
ここで復活したイチコ(と思われる女。まだ舞は信じたくない)が、口を挟んできた。
「姐さんはインチキグッズを売るけど、魔法は本物だからね」
「お黙り! この死にぞこない!」
「ハハーッ、ハッ!」
テレビスタッフのような笑いが、ホールにひときわ大きく木霊した。そのハスキーで優しくバカみたいな声を、舞は耳で味わうように聞き、ようやくイチコが確かにここにいることを確信できた。途方もない安堵と喜びが、膝から力を奪い、その場にへたりこんでしまった。
イチコが駆け寄り、舞の左手を首に回し、ゆっくりと立ち上がらせる。
「水原さん。宝屋を返送しよう」
「……そうですね」
舞はイチコのぬくもりを感じながら、大地に足を踏みしめる。
「でも、これが終わったら相撲とってもらいますからね」
「ハハッ! わかったよ」
舞とイチコは一目散にハイエースへ駆け寄り、どちらが言い出すわけでもなく“舞が運転席”に、イチコが“助手席”に座った。しかしエンジンがかからない。アクセルを踏んでも、うんともすんとも言わない。やはりホールへ着弾した際に呼称してしまったようだ。
「こりゃモトコンポかな」
「ですね」
後部座席のモトコンポを引っ張りだし、ふたりでウンコ座りの体勢でまたがる。舞がキックスターターを踏み抜くと、エンジンがかかった。
「これ、ひとり乗りですよね」
「私有地だし、ふたり乗りでも大丈夫」
「いや、走れるかって話なんですけど」
「走ろう」
「仕方ないですね……」
舞はアクセルレバーを回す。モトコンポがノロノロと発信し、ゆっくり、ゆっくり、赤子のハイハイと同じような速さで動けない宝屋に近づいていく。
あまりにもマヌケな光景だが、宝屋の叫びは必死であった。
「や、やめろぉ! やめてくれぇ! 俺にはまだ……」
ウスノロモトコンポが宝屋へ激突するには、30秒近くの猶予がありそうだ。
「ねえ宝屋、『俺にはまだ』の続きを聞かせて」舞が訊ねる。
「い、いや、だから……夢の続きがあるっていうか?」
「てめえ、ざけんじゃねえぞチンカス! 人をヤク漬けにして、一方的に異世界へ送りこんで、それで叶えられる夢があるってのかよ! 言ってみろオラ」
ノロノロ、ノロノロ、モトコンポが宝屋に詰め寄る。
「さっさと言え、オラ!」
「その……自分が何かを成した気分になれるっていうか……はは」
「なに笑ってんだ! うるせえ、寄生虫が!」
予定の30秒を大幅にオーバーして1分後。ようやくモトコンポが宝屋のスネに当たった。
「あっ、いたっ……」
宝屋が小さな声を漏らす。返送される様子はない。返送者を異世界へ強制送還させる“烙印”は、一定以上の衝撃がないと発動しないのだから当然の結果であった。
見かねて綾子が、遠くから声を張り上げる。
「ふたりでモトコンポを持ち上げて、宝屋に叩きつけなさい! それで返送に必要なエネルギーは足りるはず!」
「わかりました」舞はエンジンを切って、モトコンポから降りる。
「行きますよ、イチコさん」
「うーっす! せーの!」
舞とイチコはふたりで息を合わせ、モトコンポを肩の高さまで担ぎ上げる。
「あっ、あっ、やめて!」
宝屋が情けない声を上げるが、関係ない。
「だらっしゃああああっ!!」
ふたりはモトコンポを宝屋の金的めがけて全力で振り下ろした。
「ぎゃひぃん♡」
宝屋の全身が発光し、輝く粒子となって宙に舞う。やがて粒子はすべて命の灯が消えるがごとく、光を失って消えた。
だが、まだ終わりではない。肝心の神沼が残っている。
舞とイチコは、もう一度モトコンポを担ぎ上げホールの端まで走り出そうとするが、綾子の鉄扇が閉じる音に阻まれた。
「神沼は、まだ返送しないで。これから解析と拷問を繰り返して、異世界に送られた人々を取り戻す方法を調べるわ」
神沼はミミズのように体をうねらせながら叫ぶ。
「僕はこんなことでは挫けないッ! 一度抱いた熱い想いを最後まで貫いてみせるッ! この肉体が灰になるまでッ! みんなを幸せにするためにッ!」
1階へ降りていたレッドが神沼へ駆け寄り、鮮やかなボディーブローの連打を食らわせる。
「がぶっ!」
「眠ってろ。本当の地獄はこれからッスよ、独善者!」
神沼は緑色のゲロを吐き出し、白目を剥いて気を失った。
綾子が手を叩き、その場の視線を集める。
「みんな、おつかれさま。あとは事後処理班に任せて退却しましょう!」
レッド、ブルー、ネイビーブルー、岸田たちが拍手する。しかし舞は心に残った”しこり”から、イチコは気まずさから拍手できなかった。
「イチコさん。今日は疑問を流しませんよ。全部説明してもらいますから」
「わ、わかってる……ハハッ」
つづく。