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ますます食のこと

たべるものが身体をつくる。
たべるものは心にも作用する。

しみじみと感じながらごはんを作り、味わう毎日を送っている8月上旬。

8月に入ってから、こつこつ開けてきたお店「いな暮らし」はまるっと1ヶ月夏休みに入った。営業再開は9月から。

「続けるためのお休み」

たっぷり時間があるこの夏は、わたしももからだを休めることを第一に、仕事も最小限に留めて、ゆっくり過ごそうと決めた。

そうはいってもずっと家にいてもなかなか休まらないところもあって、ふたりで相談して長野の「穂高養生園」に行ってみることにした。

かれこれ7年前、まだわたしが学生だった頃に、ひと夏の間スタッフとして滞在させてもらった場所。

当時看護学生だったわたしは、病院という現場で働く以外に、看護の学びを活かせる場所はないものかと探しながら、ゆらゆら迷っていた。

養生園は心身ともに養生することを目的に作られた場所。

「体に優しい食事・ヨーガや散歩などの適度な運動・心身の深いリラックス」の3つのアプローチにより、誰にでも本来そなわっている自然治癒力を高めることを目的とした宿泊施設です。
(穂高養生園ホームページより)

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わたしはここで働かせてもらいながら、自分自身のケアのこと、手を使った仕事のこと、気持ちのいい環境に身を置くことで整っていく感覚など、本当にたくさんのことを学ばせてもらった。

休みに行くならここが一番だろうと、3泊4日ゆっくり滞在させてもらった。

実はゲストとして泊まりに行くのは初めて。

当時お世話になったスタッフの愛ちゃんが最初に迎えてくれてほっとした。
わたしは愛ちゃんの作るごはんが大好きで、会うとすごく安心する。
東京の omotesando atelier の奥の部屋でも時々”ととのえる食事会”を開いていて、一度行ったこともある。

キッチンにはみれいちゃんもいて、滞在中の朝ヨガを担当してくれたくみちゃん、ハーブガーデンにはみちゃん、ふらっと会いに来てくれたしばちゃん、野菜を届けに来てくれたやよいさん。

もう7年前なのに、少しの間しか滞在していなかったのに、変わらず迎えてくれるみんなの温かさにじーんときてしまった。

”ひとりでもおいで!”
とくみちゃんに言われた時はなんだか泣けてきてしまった。

一度きりじゃなくて、この滞在期間中はいろんなところがゆるんだおかげかよく泣いた。

泣けるというのはゆるんだ証拠。涙がいろんなものを流してくれるし、身体の中に押し込めていた感情や我慢が溶けていく感覚がある。
泣けてよかった。

食事は玄米菜食で1日2回。十分満足だった。

毎度毎度の食事がからだのすみずみまで染み渡っていくようで、よく噛んでゆっくり味わっていただいた。

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とうもろこしのお味噌汁に入っている玉ねぎが角切りになっていて、消化にいいように切り方を工夫したとのことだった。

料理はやさしさ、愛だなぁとつくづく思う。

作りながら、食べるときの自分への、一緒に食事をする人への、気持ちをこめて、考えながら進めていく作業。

お店でも意識しているけれど、こうして外に出て、心込めて、時間をかけて、ひとつひとつ丁寧に作ってもらったご飯を毎食いただくと、料理という仕事の素敵なところ、ありがたさを一層感じる。

わたしもますます食べること、作ることに向き合っていこうと、気持ち新たになって帰ってこれた。

帰りの道の駅で干し椎茸、玄米、きのこなど、帰ったらすぐ使いたい食材を買い足して、養生園で買ってきた愛ちゃんのスープの本「なんとなく不調をととのえるスープ」をお守りに、また家の台所に立つ毎日。


一番最初に作った、椎茸出汁と梅干しのスープ、滋養あるたべものそのものという感じがして、すごかったなぁ。

さぼり気味だったぬか床もおそるおそる開けて、表面のカビを拭って、穂高で散歩中に摘んできた山椒の実を混ぜ込んで再開してみた。
今のところいい感じ。胡瓜がおいしく漬かってくれた。

今朝も台所に立つ。

昨日の夜から浸水しておいた玄米を土鍋で炊いて、しらすの出し巻きたまご(うまく巻けず)、ズッキーニとピーマンの焼き浸し、南瓜と人参のポタージュを作った。

南瓜のポタージュは、昨日観た映画「しあわせのパン」の影響で作りたくなって。暑い毎日だから、冷やして飲んでみよう。

「すきな人と、すきな場所で、すきなことをしながら暮らしたいと思ったんです。」

ここのところ住む場所について、仕事について、考えているから、この言葉が一番印象的だったな。


窓を開けたときにどんな景色を見たいのか。

考える。

荒井良二さんの絵本を開きながら。

あさになったので まどをあけますよ

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