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那智の扇祭り

那智扇祭りの概要

例年7月14日に和歌山県那智勝浦町で行われる祭り。
日本三大火祭りのひとつとされ、重さ50㎏以上もある大松明の炎が参道いっぱいに乱舞します。

那智山の信仰は、神武天皇東征の折りに、那智の滝を大己貴命(大国主命)の御霊代として祀ったことに始まります。

仁徳天皇の頃、那智山中腹にその社殿を移し祀ったのが今の熊野那智大社の起源で、全国三千有余社の熊野神社の御本社でもあります。

この例大祭は、熊野那智大社から御滝前の飛滝神社への年に一度の里帰りの様子を表したものです。

十二体の熊野の神々を、御滝の姿を表した高さ6mの十二体の扇神輿に移し、御本社より御滝へ渡御をなし、御滝の参道にて重さ50㎏~60㎏の十二本の大松明でお迎えし、その炎で清める神事が「那智の扇祭り」です。

熊野那智大社HP

移住して2年目の夏ですが、初めてこの祭りに行ってみました。
これまでの祭りや伝統に対して持っていた固定概念みたいなものを崩されたくらい、衝撃的で忘れられないもので
どうしてもまとめたくなったので、noteに書いてみました。

人間よりも動物に近い"ヒト"を見た

50キロ以上の松明12本を男たちが那智山から那智滝まで担いでくだってくる。
その後ろからは4人に支えられながら扇神輿が12本降りてゆく。

大松明が下りてくると湧き上がる拍手と歓声が、男たちのピリついた空気と混ざり合う。

炎の熱さが尋常ではなく、大松明を持っている人に水をかけ続ける人がいた。
白装束の中に火の粉が入らないようにしていても、どうしても入ってくる火の粉たち。
汗と水で重さを増す衣装。
それでも、歩き続ける

火の勢いが強くなりすぎないように、階段の壁に松明を何度も殴りぶつける。

松明が壁にぶち当たる音
励まし合う男たちの叫び声
体力の限界を目の前に肉食動物のような雄叫びをあげる男たちの声

緊張感が漂い続ける

疲れたからやめる
火の粉が体に入ってきたから泣く
腕が取れそうだから松明を落とす
そういう世界じゃない。

彼らもいつもは疲れたとか、面倒臭いとか、これくらいでいっか、とか言っていると思う。だって人間だし。多分ね。知らんけど。違かったらごめんなさい。

でも、そういう「人間らしさ」を捨てた人間たちがそこにいたように感じた。
もっともっと野生の。動物に近い人間。
彼らから放たれる、受け取りきれないほどのエネルギー。
自分のための祭りじゃない。

神様のための神事
初めてこういう祭りを目の前で見た。

「すごかった」という言葉で片付けられないくらい美しかった


「男性」であるが故の伝統、「女性」であるが故の伝統を継いでゆくことの尊さ

昨今、ジェンダーや性別をめぐって様々な論争があり、
これまで性別で区別されていた祭りや伝統的なものが崩れてきているのは、多くの人が感じているところではないかと思う。


正直、これまで「女性」であるが故に参加できなかったり、境内の中にも入ることができなかったりする祭りや行事、場所に対して憤りを感じたことはものすごく多い。

だって、ずるい。私もあの中に入って人間の熱をエネルギーを、動物になる人間を感じたい。なんか、部外者感。私も人間なのに。なんで「女」であるが故にそこには入れないんだ。腹が立つ。「女」だからってなめるな。

でも、そうじゃない。
そんな自分の欲や綺麗事で済むものじゃない。

そこには動物として、自然界の中の「ヒト」の雄として(もしくは雌として)の何か大切なものがあるような気がしてしまった。

今回に関しては、多分雌が入ってはいけない聖域のようなもの。
それは、「動物としての人間」がこれまでずっと受け継いできたもの。
それは、頭で理解したりカテゴライズしたりするものではなくて、自分自身、あなた自身の腑の中にズシンとくるもの。
決して言葉で形容できるものだけではない領域のもの。

「女」である私は、ここに踏み込んではいけない、踏み込めない
と思わされた。
そこに踏み込んでいくことは、ここに住む人、住んできた人、生きてきた人、守ってきた人、守っていく人に対して失礼で無礼なことなのかもしれない。

「男性」であるが故の伝統や、「女性」であるが故の伝統を守っていくことは
それまで生きてきた、そこにいる(いた)人たちへの敬意であり、これまでとこれからの土地に対する敬意だと思った。

もっと腑で世界を愛せ

今の世の中は頭の中でどうにかしようとしすぎだ。
もっと、あなたの心の奥底で。 あなたの腑の奥底に何が響いているんだ。
ほんとうに大切なものはなんだ。

あなたは何に対して怒りが込み上げてきて
叫びたくなって 涙が流れてしまって 抱きしめたくなるんだ

そんなことを問われた気がした。

隣にいたアメリカから来た女性は涙を流していた。

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