見出し画像

紅茶屋さんになりたい

シャッツキステが閉館した

2020年11月15日、シャッツキステが閉館(閉店)した。秋葉原を知らない人々からすれば、昨今の状況の煽りを受けたいち飲食店の閉店としか感じないだろうが、シャッツキステの閉館が秋葉原に与えた衝撃はあまりにも大きい。その衝撃とは秋葉原の文化的損失と言っても過言ではないものだ。

シャッツキステの閉館は多くの旅人さま(シャッツキステのお客さんをこう呼ぶ)や秋葉原を愛する人々を悲しみ、寂しさ、空虚感、そして悔しさで包んだ。もちろん私もその一人である。

シャッツキステの閉館から2週間ほど、私は湯島で飲んだくれていた。傷を癒やすためである。シャッツキステ閉館後の湯島には、不思議と私と同じ考えの旅人さまや、シャッツキステを愛したメイドさんが集っており、実に多くの会話を交わすことができた。

そして彼ら・彼女らと話していく中で徐々に傷は癒え、自分なりの「シャッツキステ閉館に対する答え」を見つけていくことができた。今日はかつて秋葉原に存在したシャッツキステに思いを馳せながら、明るい未来を夢想してみたいと思う。

シャッツキステとは何だったのか

旅人さまや秋葉原を愛する人々に「文化的損失」と思わせるほどのシャッツキステとは一体何だったのか。わかったようなことは言えないし、あくまでも私目線ではあるが、少し噛み砕いてみようと思う。

2007年秋。私は秋葉原でメイド服に袖を通した。当時の私はというと、自身はメイドをしておきながら、メイドという職業・文化にはあまり興味を持てずにいた。それから程なくしてメイドは卒業してしまった。

メイドを卒業してからは、しばらく秋葉原のメイド周辺の文化からは離れていた。その間に新宿のコンカフェに通うこともあったが、気がつけば10年が経ち、時は2017年。その頃の私は数ある職業の中でも激務といわれる職に就いており、忙しない日々を過ごしていた。

2017年春。とある試験を受け、午後の小論文で憔悴していたところ、友人が私をメイドカフェ(今はなきグランヴァニア)に誘ってくれた。その時に仕えてくれたメイドさんとの出会いが、私が「お嬢様」として秋葉原に戻ってきたきっかけである。本格的に秋葉原に戻ってきてからは、グランヴァニア以外にも様々なメイドカフェに“ご帰宅”した。

当時一人暮らしをしていた私が秋葉原に引っ越してくるまで、それほど時間はかからなかった。秋葉原に住み始めて以来、激務を終えてはメイドカフェにご帰宅する日々を送るようになっていた。シャッツキステと出会ったのはそんな矢先だった。

正直に言えば、シャッツキステに通い始める前、私の中でメイドカフェで楽しむとは「メイドさんを推すこと」であった。しかし、シャッツキステに通い始め、丁寧に仕上げられた世界観やその世界観を体現したメイドさん、そして美味しい紅茶や茶菓子に触れていくうちに価値観が変わっていった。そこには「推す」ことに留まらない世界が広がっていたのだ。

次第に「紅茶を片手にホッと一息つき、語らえること」が愛おしくなり、毎週日曜午後のシャッツキステへの来館が欠かせなくなった。シャッツキステの世界観、音や匂い、そしてメイドさんは館内で過ごす時間を更に素敵なものにアップグレードしてくれた。いつしかFacebookやInstagramで「お茶する時間が尊くてたまらない」ということを発信し、友人や同僚にもシャッツキステの自慢をするようになっていった。

私にとってシャッツキステとは、「紅茶を中心とした何か」であり、「紅茶のように温かく包んでくれる何か」であり、それらを「五感全てで感じる場所」であった。最後の開館日、紅茶の香りを嗅いだ瞬間に涙してしまったのは、私にとって紅茶を構成する要素の全てがシャッツキステを象徴するものであったからかもしれない。

秋葉原はどうあるべきか

シャッツキステのような場所は、私が知る限り秋葉原には存在しない。「紅茶を片手にホッと一息つき、語らえる」という意味では大阪なんばの417TEAがそれにあたるが、チョコレートをチョコレートとしか形容できないように、シャッツキステはシャッツキステとしか形容しようがない。そんなシャッツキステが閉館した。

私はシャッツキステで過ごす「紅茶を片手にホッと一息つき、語らえる時間」に何度も救われてきた。仕事や恋愛でつらいことがあっても、シャッツキステで一息つけばまた前を向くことができた。前向きな転職をした時には、希望や不安を共有することができた。

シャッツキステは、時にメイドカフェへのご帰宅を趣味としない友人との共通の話題になった。私の趣味である競技プログラミングをきっかけに仲良くなった友人は、シャッツキステを「温もりのある、居心地のよい空間」であると語り、閉館を惜しんでくれた。不思議な縁を感じ、嬉しい気持ちになった。

そのような場所が秋葉原から失われたという事実を、素直に受け入れていいのだろうか。私だけではなく、多くの人々の支えとなり、転換点となった「紅茶を片手にホッと一息つき、語らえる場所」を保存・継承していかなければならないのではないだろうか。

紅茶屋さんになりたい

シャッツキステの閉館からしばらく経ち、私は夢を見た。「紅茶を片手にホッと一息つき、語らえる」そんな場所が秋葉原にある夢だ。私はこの夢を限定カフェという形で表現したいと考えている。

コンセプトは「紅茶を通じて秋葉原の文化に触れる」「五感で感じる物語」。看板メニューはフルーツティーと紅茶にちなんだお菓子だ。

限定カフェ第1回ならぬ第1話の物語は「フルーツティーとチョコレート」で、物語のキーワードであるフルーツティーとチョコレートを五感で楽しむことができる。

紅茶屋さんの店内では1時間に1回、紅茶にちなんだお菓子に熱々のチョコレートをかける時間が設けられる。メイドさんが客人に尋ねる。「熱々のチョコがかかりました。お一ついかがでしょうか?」そして「追いチョコ」でとどめだ。

アイデアを具体化していく度に、「紅茶を片手にホッと一息つき、語らえる」そんな光景を思い浮かべて心が満たされる。数人で卓を囲み、ボードゲームを楽しむのもいいだろう。その光景はシャッツキステとは別物だが、シャッツキステが教えてくれた大切な何かを受け継いだものだ。

終わりに

シャッツキステの閉館から数ヶ月が経ったある日、素敵な出会いがあり、愛する彼女と巡り会うことができた。その彼女に、私がかつて愛した“シャッツキステ”を感じてもらうのが今の密かな夢である。

「好きなものを好きと言える。好きなものを共有して皆で楽しいきもちになる。」その大切さを、今の私は知っている。

シャッツキステは閉館し、第3章は終幕した。しかし物語は終わらない。新章の始まりを夢見ながら、「第3.5章」を紡いでいきたい。それが私なりの答えである。

もし記事が参考になったと感じていただけましたら、ご支援をお願いします。「スキ」だけでも構いません。次の執筆のためのモチベーションに繋がります!