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ショートショート24 初出勤

 初出勤
 社会人1年目スタート。事務職として会社員となった。彩恵は特別目立った特技があるわけでもなく、就活での面接で気の利いたことが言えるタイプでもなかった。しかし、まじめであることと適切な言葉遣いには自信とまではいかないが、自分の個性として大事にしていた。落ちた会社もあったが、何社か内定をいただき、小さいけれども出版関係の会社に勤めることにした。幼いころから本を読むことは好きだったので、その本がどのように出来上がっていくのかも知りたかったから。

 4月1日 入社式。新入社員は5人だった。会議室に、椅子が5個。前の方には経営陣と思われる人が7・8人。脇に、社員の中からたぶん10人くらい。こじんまりしてるなぁ。まぁ、自分には合ってるかと思いながら、指定された椅子に腰かけた。
 卒業式のような看板が会議室の前にかけてあった。
  「祝 あかり出版新入社員校正入社式」と書かれてあった。
 ん?校正入社式? は? 急にどきどきしてきた。隣に座った子も独り言のように「こうせいにゅうしゃしき」とつぶやいていた。彩恵は思わず小さな声で、隣の子に
「なんでしょうか?」と聞いた。
「わかりません」
「ですよね」

「それでは只今より弊社伝統の新入社員校正入社式を行います」
「名前を呼ばれたら返事をして起立してください」
「近藤健太郎さん」
「はい」
「三崎直人さん」
「はい」
「渡会彩恵さん」
「はい」
「安藤七海さん」
「はい」
「先崎元喜さん」
「はい」

「本日5人の入社を確認しました  と言いたいところですが、弊社伝統の儀式を行います。座ってくださいと言われた方は着席してください」
 前に座っている経営陣らしい方たちがにこにこというか。にやにやしている感じに見えて仕方なかった。
 心臓がバクバクしてきた。まさか、入社即退社なんてないよね・・・。

「弊社は小規模ではありますが、世に本を出しています。文字の世界を楽しんでもらっているわけです。そこで、弊社の仲間となる皆様にも文字の世界を楽しんでもらおうと思います」

 大きいホワイトボードが出てきた。何やら文章が書かれている。

 まず最初に、私たちは、本日よりあかり出版の社員となり、後から後悔しないように仕事をはやく覚えるように努力します。また、あらかじめ準備をしっかりと行い、仕事に対する不安を減らしていきます。わからないことは、自己判断せずに、確認という行動を行い事務処理を行います。同期入社と互いに切磋琢磨しあっていきます。

「この文章には5か所、馬から落ちて落馬したのような重言があります。見つけた人は挙手をして下さい」
 三崎さん、近藤さん、安藤さんのが手を挙げた。
『はやい! えっ!えっ! あせるぅ~』彩恵は頭が白くなってきた。

「三崎さん、はやいですね。どれですか」
「後から後悔しないようにです」
「正解です。座ってください」

「近藤さん、どうぞ」
「行動を行いです」
「正解です。座ってください」

「安藤さん、どうぞ」
「あらかじめ準備です」
「正解です。座ってください」

「さて、あと二つはどれでしょうか」
「はい」
「先崎さん、どうぞ」
「まず最初に だと思います」
「よく気づきましたね。まずには、最初にという意味がありますからね」

「さぁ渡会さん、見つけられましたか」
彩恵は悩んでいた。確信が持てず答えられずにいたのだ。
「はい」と三崎さんが声をあげました。
「5人で相談してもよいでしょうか。僕も自信がないですし」
「いいでしょう。では、5人で相談してください」

 5人はホワイトボードの前へ行き、自分たちが答えた部分にはアンダーラインを引き、一行一行確認しながら探していった。

 周りにいる社員たちはニコニコしながらながめていた。

「渡会さんが悩んでるのはどれ?」と安藤さんが聞いてくれた。
「互いに切磋琢磨 が引っかかるんです」
「でも  大会で優勝できるように切磋琢磨するって言わない?」と安藤さんが言った。
彩恵は
「それって  一人で頑張ることだよね。互いに切磋琢磨するだと複数だから、重なってないかな」
「そっか!  そうだよ。これだよ」と安藤さんもうなずいた。

みんなは自分の椅子にもどり、彩恵が答えた。
「互いに切磋琢磨する   という結論になりました」
「はい  座ってください」

「切磋琢磨は、1人でなのか複数なのかで意見が分かれる難しい表現です。許容の範囲とも言える言葉です」

「皆さん頑張りましたね。皆さんが話し合っている姿にこれからの活躍が期待できると感じました。言葉を大事に職務に励んでください」

 いい仲間に恵まれたと彩恵は安心した初日だった。


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