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ショートショート21 学びとお金

     学びとお金
 
「やった~。二学期が終わるぅ。冬休みだぁ」と終業式から教室に戻ったときに、ヤマトが叫んだ。クラスのあちこちでも「休みだぁ~」「終わった~」という声があがっていた。
 
 しばらくして、担任の山上先生が配布物をたくさん持って教室に入ってきた。バラバタバラバタみんな席に戻り、さっきまでの騒音は急に静かになった。
「ずいぶんとにぎやかだったなぁ。これから家庭への連絡プリントとか配るからプリントケース出してください。返信のいる物はありません」と言って、列ごとに配り始めた。
 冬休みの家庭での過ごし方とか、課題一覧表とか、配り忘れていたようなプリントもあった。一通り配り終えた後は、残るは通知票だけだった。
 
「じゃぁお待ちかね、通知票を渡しますから呼ばれたら廊下に出てきてください。待っている間に冬休みの過ごし方とか、二学期振り返りの作文を書いて待っていてください」
 
 ヤマトは
「こればっかりは嫌なんだなぁ。俺勉強できねぇし。5教科に2が一つでもあったら塾だってよ。3年からじゃ遅いからって、親父に言われたぁ」と隣に座っているユウカに話しかけていた。ユウカは
「塾に行けるだけ幸せじゃない?」と言った。
「えっ! 幸せ?」
「幸せってどういうこと?」
「お金があるから行けるんでしょ」とユウカは答えた。
「あたしは行きたくても行けない」
「何でだよ」
のんきなヤマトはぽろっと聞いてしまった。聞いたあとに
『あっ! ユウカんちお店やってたけど、最近閉まってるもんな』ということを思い出した。
 ヤマトはなんかばつが悪くなり、プリントをやり始めた。
 
 ユウカは勉強ができる子だったが、1学期はそんなに熱心に授業に取り組む様子でもなかった。しかし、2学期になりその姿は変わってきた。なんか違うよなとヤマトは感じていた。わからないことは教わっていたし、宿題も見せてもらっていた。宿題を忘れるなんてことはなくなっていた。
 
 廊下から
「ヤマト君」と呼ぶ声が聞こえた。あぁ~運命の時だ。少し駆け足で廊下に出た。
「もう少し落ちつきなさい。はい、今学期の成績です。数学が下がったな。わからないこと多くなってきたかい?」
「はい。関数がよくわからなくなってきました」
「俺が数学なんだから、個人的にでも聞きにきてくれよ」と山上先生は言ってくれた。そのあとも、生活面で良かったことやほかの教科の先生が、ほめてくれたことなどを話していたが、親父にしかられる、数学2=塾が頭の中を駆けめぐっていた。
 
 女子の番になり、ユウカが呼ばれた。なんか長くないか?と心の中でヤマトは思っていた。ユウカなんか何にもないだろう・・・。しばらくしてユウカが戻ってきた。こころなしか涙目なような気がした。
 おそるおそる
「なんかあった? 怒られたの?」と聞いてみたが、首を横に振るだけだった。その後何人かの女子が呼ばれ、通知票渡しは終わった。
 
 山上先生が教室に戻ってきた。
「みんな今学期、事故も怪我もなく終われて良かった。冬休み中に事故にあわないように気をつけて過ごしてください」
 あぁ帰れるぅと思ったとき、山上先生が静かに話し始めた。
「実はユウカさんは、今学期でうちの学校から転校します」
 一瞬にして静まりかえった。
「ユウカさんの希望で最後の日に話してほしいということで、今日伝えることにしました。家庭の事情でお父さんのふるさとの方に引っ越します。突然のことで驚いたと思いますが、どこに行ってもこのクラスのことは忘れないとさっき言ってくれました。ありがとう。ユウカさんからお別れの挨拶をしてもらいます」
 
 
「・・・。楽しかったよ、このクラス。来年もこのクラスで卒業したかったけど・・・。みんなも知ってると思うけど、お店つぶれちゃって・・・。むこうの学校行っても、あたし頑張ります・・・。ありがとう、みんな」
 
 さっきのユウカとの会話をヤマトは思い出していた。
「塾に行けるだけ幸せじゃない?」と言った。
「えっ! 幸せ?」
「幸せってどういうこと?」
「お金があるから行けるんでしょ」とユウカは答えた。
「あたしは行きたくても行けない」
「何でだよ」
のんきなヤマトはぽろっと聞いてしまった。聞いたあとに
『あっ! ユウカんちお店やってたけど、最近閉まってるもんな』ということを思い出した。

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